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タンザニア便りNO.1〜NO.6



NO.1
「ジャンボ!」

NO.2「タンザニアのゴールデンウィークは大雨期の真っ最中」
NO.3 「ジャンボ、ベイビー! (こんにちは、赤ちゃん)」
NO.4「カンガ(布)は語る」
NO.5 「日本はぼた餅、タンザニアはタコとサメ!」
NO.6「リズム感のルーツは子守唄にあり」
NO.7「日本は七夕、タンザニアはサバサバ!」







NO.1 『ジャンボ!』(2000.4.15)




皆さん、はじめまして。アフリカフェHP担当ムナワルです。
私は、タンザニアのザンジバルという島に住んでいます。
これからは、毎回私ムナワルが、アフリカフェの国タンザニアをご紹介しましょう。

タンザニア連合共和国とは、本土タンガニーカ共和国と、ウングジャ島&ペンバ島の二つの島を合わせて成り立つザンジバル共和国が、1964年に合併してできた国なので、今でもザンジバルには独立した政府があり、タンザニア大統領とは別に、ザンジバル大統領もいます。

地図で見ると、ザンジバルは、タンザニア本土に比べるとほんのちっぽけな島なのですが、タンザニア本土からザンジバルに入る際には、あらためて入国手続きが必要で、タンザニア国のビザを持っているにも関わらず、パスポートには新たにザンジバルのビザが押されるので、奇異な感じを受ける旅行者が多いようですが、国土の大小に関わらず、それぞれに異なる歴史を歩んでいた国同士が、連合共和国として併合という形で結ばれたのですから、ザンジバル人の立場からすれば「俺たちの国に入るときにはそれなりの手続きを踏んでもらうよ」と主張するのも当然かもしれません。

という具合にタンザニアは、個性の全く違うタンガニーカ本土とザンジバルで成り立っています。

タンザニアの母国語は、スワヒリ語。
このスワヒリ語は、東アフリカ一体の共通語だったのですが、母国意識を培う中で最も大切である母国語教育を捨て、諸外国に通じるためにという理由で英語やフランス語を公用語にしている他アフリカ諸国の中で、母国語であるスワヒリ語教育を今でも大切に守っているタンザニアでは、今でも美しいスワヒリ語が使われています。

また、このスワヒリ語の発祥地・ザンジバルでは、子供の頃から尊敬語、謙譲語をはじめとする正当派スワヒリ語を叩き込まれて育っているため、人々のスワヒリ語に対するプライドも高く、他のスワヒリ語圏では聞くことのできない流れるように美しい韻と意味をあわせ持つスワヒリ語が今も日常的に使われています。

スワヒリ語は、日本語の発音にそっくりなので、日本人には馴染みやすい言葉です。

私が書くカタカナのとおり声に出していただければ、即タンザニアで通じるスワヒリ語を話していることになりますので、皆さんもタンザニアに来ていると思って、タンザニアの人々と話してみてください。

タンザニアに着いたら、まずあちこちからこう声がかかるでしょう。

ジャンボ!」(こんにちは。英語で言えばHello!)
「こんにちは」と言われれば、もちろんこちらからも「こんにちは」、「ジャンボ!」で返しましょう。

ハバリ?」(元気ですか? How are you?)
ムズリ」(元気ですよ。Fine.)

マンボ?
(調子はどう?英語でいえばHow is your situation? といった感じであなたを取り巻く状況(仕事、家族、その他)を尋ねる言い方です。
これには「マズリ」(上々です)と答えるのが常套句ですが、ここでは、今のタンザニアでの流行語をお教えしましょう。

今の若者の間で流行っている挨拶は、「マンボ?」に対して
ポア
(落ち着いているよ。英語で言えば Cool! )

ちなみに、少々前までは
マンボ?」に対して
オッダ!
と意味不明の言葉を答えるのが流行っていました。
日本で「チョー元気」とか、よくわからない言葉が流行るのと同じでしょうね。
 
では続けて練習してみましょう。
ジャンボ!」 →「ジャンボ!
ハバリ?」 →「ムズリ
マンボ?」 →「ポア

これだけできれば、あなたはタンザニア最新流行のスワヒリ語をマスターしたことになりますので、ぜひこの3つは覚えてくださいね。
ということで、きょう出会えたあなたに、心から「アサンテ サーナ」(どうもありがとうございました)。
それでは次回のタンザニア便りで「トゥタオナナ」(お会いしましょう)。
GOOD LUCK!!

ザンジバルのムナワルより











NO.2 『タンザニアのゴールデンウィークは大雨期の真っ最中』(2000.5.10)






ジャンボ!」「ハバリ?」「マンボ?
アフリカフェフレンドの皆さん、「ジャンボ!」「ムズリ」「ポア」と答えていただけたでしょうか?

ところで皆さんにとって、2000年のゴールデンウィークはいかがでしたか?

きょうは、タンザニアのゴールデンウィークについてご紹介しましょう。
タンザニアでは日本より1週間早めにゴールデンウィークを迎えました。
4月の第4金曜日から月曜日までキリスト教の復活祭があり、4月26日はタンガニーカ共和国とザンジバル共和国がタンザニア連合共和国として併合された日、そして5月1日のメーデーと続き、休みと行事のオンパレードでした。

タンザニアはイスラム教徒31パーセント、キリスト教徒25パーセント、そして残りはさまざまな伝統宗教ですが、国はイスラム教とキリスト教の宗教上の儀式や行事の日をどちらも国の休日にしているので、イスラム教のラマダーン(断食月)明けの祭りや、キリスト教の復活祭など、日本人には馴染みの薄い宗教関係の祝日がたくさんあります。

またイスラム教の行事は、太陰暦にそって行われるためラマダーン等を初めとするの行事は毎年日にちがずれていきますし、月が見えたか見えないかで決定するため、当日にならないと有無のわからないものもあります。

それに、キリスト教のクリスマス等は日が決まっていますが、復活祭はうるう年が関係するので、やはり年によって日がずれます。祝祭日がきっちりカレンダーどおりやってくる日本に育った私は、タンザニアに来たばかりの頃、突然やってくる連休にとても戸惑いました。

タンザニアは、皆さんもご存じのとおり、動物サファリやアフリカ最高峰のキリマンジャロ、そして青い空と海が観光の目玉商品とされる観光国でもあります。

欧米のクリスチャン達も、復活祭の休みを利用して大挙して観光にタンザニアを訪れ、大いに盛り上がるはずのゴールデンウィークを待ち受けているのは、マシカという大雨期です。

タンザニアには、3月末頃から5月にかけてのマシカと呼ばれる大雨期と、10、11月前後のブーリーと呼ばれる小雨期の2回の雨期があり、雨期の間は乾期、同じ乾期でもマシカの後の乾期は比較的涼しく、ブーリーの後の乾期は半端じゃない暑さがやってきます。

だから、今はタンザニアで一番暑い1、2月をやっと終え、マシカに入って一雨ごとに生き返る大地と少しずつ弱まる太陽を感じてタンザニア国民がほっとしているシーズンなのですが、観光客にとっては大敵の雨、しかもこのマシカの雨は、日本の皆さんが考えているような熱帯性のザーっと降ってぱっとやみ、すぐに青空が出てくるスコール的な雨ではなく、ザーザー雨や、しとしと雨が何時間も、時には2日も3日も降り続き、毎年新聞に、

「一晩中降り続いた雨でココナッツ林一帯が大きな池のようになり、つないでいた牛が150頭溺死!」
「遊園地一帯が池と化し、メリーゴーランドの馬の頭しか見えない」
といった記事が載るほどなのです。

インド洋で泳ぐのが長年の夢だったとザンジバルにやってきて、街に着いた翌日から大はりきりで海岸地方にでかけたものの、滞在中ずっと雨にたたられ、一度も青い空と海が見れなかったと残念そうに帰っていったかわいそうなカップルもいました。

タンザニアのゴールデンウィークは、雨期の真っ最中、これは毎年のことなのでタンザニア旅行を計画する際には頭の片隅に入れておいてくださいね。
それでは次回のタンザニア便りで、トゥタオナナ(お会いしましょう)
GOOD LUCK!!
                ザンジバルのムナワルより







NO.3『ジャンボ、ベイビー! (こんにちは、赤ちゃん)』(2000.5.18)





ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
2000年5月9日午前9時35分、タンザニアで新しい命が誕生しました。
ナッビル・アザル・サイディ・モハメッド君 3.2キロ。ママのナイラさん共々元気です。

 日本でも産後1ヶ月は大事を取るように、タンザニアでも産後40日間、ママは赤ちゃんを連れて実家に帰り、身の回りのことはすべて里の家族に任せ、ママはひたすら静養に努めます。

いろいろな事情で実家に帰れないママは、里から派遣された未婚の妹や姪っ子、またはご主人方のお母さんや妹達に助けてもらって産後を過ごします。40日が過ぎると赤ちゃんと共に婚家に戻りますが、やはりそこでも実家からか、婚家からかの助っ人陣が待っていて、家事、育児を手伝ってくれます。

 日本では男性も育児に参加することが多くなっているようですが、タンザニアではまだまだ男は外で稼ぎ、家族を養うことに徹底し、女は家事と育児に徹底するという分業状態なので、赤ちゃんに関わるすべてのことは女性陣が取り仕切っています。

 生後40日間が育児における一つの目安で、その間は赤ちゃんを片時も一人にしてはいけないと言われており、ママがトイレに行くちょっとした間でも、必ず誰か赤ちゃんを見てくれる人を部屋に置かなくてはなりません。かわいい赤ちゃんはいつでも悪魔に狙われていて、赤ちゃんを一瞬でも一人にすると、悪魔がやってきて赤ちゃんを魂ごと抜き取ってしまったり、悪い性格を持った子と取り替えてしまうと信じられているからです。

 悪魔と共に、赤ちゃんの大敵は悪意を持った人間の視線
タンザニアの人は、
人間には美しく優しい心と、邪悪な心の両方が住み着いている
かわいく無垢な赤ちゃんを見て、素直に新しい命の誕生を喜び子供の幸せを願える人もいれば、その無垢な姿を妬ましく思い、その子の不幸を願う人もいる。しかし、人間は表面を取り繕うことを知っているから表情や態度ではわからない。
人の心は、目に表れる。
大人は悪い視線を跳ね返す力があるが、まだ生まれたばかりで抵抗力のない赤ちゃんは不幸を願う人の視線によって、病気になったり死んでしまったりする」
と考えています。

だから、女性達は、赤ちゃんを、悪魔からだけでなく、人間の目からも守らなければなりません。
そのために、タンザニアの人は、ワンジャという眉墨のような黒い染料で、赤ちゃんの顔に模様を描きます。

眉毛をげじげじに描いてみたり、左右の眉毛をくっつけてみたり、おでこにしわのような線をたくさん描いてみたりして、私たち日本人がふざけて、眠っている人の顔にマジックでいたずら描きするのと同じような感じで、わざとぶさいくにするのです。

すやすや眠っている赤ちゃんの眉毛だけが異様に太かったりするのは、なんとも奇妙な感じですが、タンザニアの女性達は大まじめ。
「赤ちゃんはかわいく見えたら危険なのよ」
と声をそろえ、毎日ワンジャで変な顔にすることに懸命です。

 かわいいだけではなく、いい香りがしても悪魔に魅入られてしまうということで、赤ちゃんの手首には黒い布で作られた「くさい匂い袋」がはめられます。

手首にくるりと巻かれた布製の細い紐に、これまた1センチ四方ほどの小さな袋が縫いつけられています。
その中身は、にんにく、ンブジャと呼ばれる臭い匂いのする樹皮の塊、岩塩、どれも悪魔よけなのだそうです。にんにくなんて、まるでドラキュラよけのようですよね。

 これで昼間の悪魔対策は完璧です。
しかし、問題はママも他の女性達も眠ってしまう夜中。夜にやってくる悪魔に備えて女性達は、眠っている間に赤ちゃんが連れ去られないように、赤ちゃんの枕の下に、小さなナイフと塩、ライム、炭の一片を忍ばせておきます。

これだけ防御を固めても、赤ちゃんに忍び寄り、夜中にひきつけを起こさせる邪悪な悪魔もいるので、念には念をいれて、夕方になると、寝室で悪魔の嫌いなくさい匂いのするンブジャを香の代わりに焚き、その匂いを赤ちゃん用の黒い色の寝巻きに移しておきます。夜になると赤ちゃんにその臭い匂いのする黒い寝巻きを着せられ、ママの隣で眠ります。これでやっとママも安心できるというわけです。

 また、悪魔よけではありませんが、体の強い子に育つようにと、ジンボというこれまたいろいろな木の根や葉っぱなどから調合された薬を水で溶いてどろどろにし、生後2日目から7、8日まで毎日首から下全体に塗りたくるという風習もまだ田舎の方では残っています。

 日本では一生大切にとっておかれるへその緒は、タンザニアでは、布に巻いて子供の健康を祈る祈りを唱えながら土に埋め、祈りの後は、近所の子供たちや貧しい人に、ちょっとした食事や、甘菓子とコーヒーなどを振る舞います。この祈りと喜捨の行為が神に届くと、神は赤ちゃんをより祝福し、健康を授けてくれると考えられているのです。

 こんなふうに、タンザニアの女性達は、生まれてきた小さな命を守るために集まり、知恵を絞り、全力を注ぎます。
子育ては、赤ちゃんを生んだママだけではなく、家族や近所の女性達がみんなで力を合わせておこなう共同事業なのです。

初めの頃は、赤ちゃんを見て、「誰の子?」と聞くと、まわりにいるたくさんの女性達が胸を張って「私の子よ」と答えたり、一人の友人から、「これが私のママよ」と何人もの女性を紹介され、よくよく関係を聞くと親戚でもなんでもない近所のおばさんだったりするので、面食らっていましたが、だんだんそういった感覚がわかるようになってきました。

ママというのは、その子の養育過程に関わったすべての女性のこと、だから「生みのママ」は一人でも、「育てのママ」はたくさんいることになるわけです。

今日で生を受けて9日目のナッビルと、生みのママのナイラさんの部屋にも、「育てのママ達」が張り切ってつめかけ、やれ枕の下の塩の塊が大きすぎるとか、汗をかいているから窓を開けようとか、いや赤ん坊に風を当ててはいけないとかそれぞれが世話をやいていました。

出産祝いには、カンガという布を持っていくのが慣習です。
カンガの、色とりどりのデザインの下には1枚づつに違うことわざやメッセージが、スワヒリ語で書かれています。
 
私も、こんなメッセージのついたカンガを持って、お祝いに行ってきました。
「おめでとう、生みのママ。おめでとう、育てのママたち」
ナッビルも、たくさんのママ達に囲まれて、きっと元気に育つことでしょう。
それでは、今日は、このへんで。次回のタンザニア便りまでお元気で。
GOOD LUCK!!

        ザンジバルのムナワルより







NO.4「カンガ(布)は語る」(2000.5.25)




ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
きょうは、東アフリカの民族衣装とも言えるカンガについてご紹介しましょう。

カンガとは、東アフリカで日常に使われている四角い大判の一枚綿布(160センチ×110センチ)
通常2枚一組で売られていて、女性達はその2枚を使って胸や腰に巻きつけたり、着こなすのが基本です。

日常の普段着だけでなく、結婚式の衣装や喪服としても欠かせません。その他にスカーフ、シーツ、寝巻き、子供の背負い用、エプロン、バスタオル、そして贈り物としてなど、生活のありとあらゆる場面で様々な使い方をされている布です。

色とりどりのデザインの基本は、四角い縁取りと中心模様、そしてカンガの下中央部には、ことわざやメッセージがスワヒリ語で書かれています。このカンガに書かれた言葉の方が、デザインや色よりも重視され、選ぶ時の決め手となります。なぜなら、女性達は、自分達の気持ちや主張をさりげなくこの色とりどりのカンガに託し、その場に応じてまとったり、プレゼントしたりするからです。

カンガをまとう時は、必ずこのメッセージが自分の後ろ正面のすそ部分に来るように気をつけながら巻きつけます。ことわざやメッセージの内容は多岐に渡っています。熱烈な愛のメッセージあり、人間の生き方を諭す道徳的なことわざあり、ジョークあり・・・。

例えば、夫婦喧嘩をして仲直りがしたいとき、奥さんは
「あなたは燃えさかる炎、それを静めるのは水である私だけ」
と甘いラブメッセージつきのカンガで、ご主人の前を歩きます。

嫁に出した娘が、近所付き合いがうまくいかず、嫌なうわさを立てられて落ち込んでいると聞いた里のお母さんは、
「まわりの人に何を言われても気にしないでいいのよ。神だけは本当のあなたをわかってくださっているのだから」
という言葉の書かれたカンガを贈って娘を励まします。

結婚式では、新郎側、新婦側の親戚が、それぞれお揃いのカンガを集団でまとい、それぞれにエールを送ります。
先月、40歳になってやっと結婚した晩婚のヒジャの結婚式では、ヒジャ側の親戚は揃って
「神を信じて待つ者は、大きな幸福が与えられる」
というカンガをまとっていました。

昨年、タンザニア建国の父、初代大統領ニエレレが亡くなった時には、ニエレレの在りし日の笑顔と「私たちのお父さん」とプリントされたカンガが出回り、たくさんの女性達が喪の意を込めて、このカンガをまとっていました。

5年前の選挙時にも、それぞれの候補者の顔と、政党のキャッチフレーズがプリントされたカンガが出回り、タンザニア女性の大きなお尻の上で、いろいろな候補者の顔が笑っていました。

いつも大きなことを言っているのに、本番ではからきし力の出せない男性に向かって、
「田舎の雄鶏は、街では鳴けない」
(日本でいえば井の中の蛙)なんていう辛口メッセージもあります。

また、最近、なんとなく冷たくなった彼と会う時は、
「遊びの恋は嫌よ。都合のいい時だけ優しくして都合が悪くなったら捨てるなんて
というメッセージつきのカンガをまといます。いつもの笑顔で迎えながらも、カンガでお灸をさすのがタンザニアの男心をつかむこつだとか。 

カンガは、このように、タンザニアの生活のいろいろな場面で、たくさんの女性達からメッセージを託され、いろいろなことを語っているのです。

短い言葉の中にたくさんの思いを託す、これは、短い和歌に互いの心を凝縮し、その中に託されたあふれ出る思いや互いの心情を理解し、伝え合っていた昔の日本人と同じような心のやりとりなのではないでしょうか。そして、それは、和歌や俳句を今も文化として大切に継承している私たち日本人の心と繋がっているような気がします。

私は「山と山は会えないが、人と人は会うことができる」ということわざが好きです。
タンザニアの人は、人を遠くに送り出す時、よくこの言葉を贈ります。
私は、この言葉を聞くたびに、頭の中にキリマンジャロ山と富士山が浮かんできます

「キリマンジャロ山と富士山はどうやっても会えないけれど、人間同士なら日本人でもタンザニア人でも会えるものなあ」
と、いつも一人で納得し、人間に生まれてよかったなとあらためて思うのです。

きょう、アフリカフェHPで出会えた皆さんに、私ムナワルが愛用しているカンガの言葉を贈ります。
「あなたの夢が、きっとかないますように」
GOOD LUCK!!
                  ザンジバルのムナワルより








NO.5 「日本はぼた餅、タンザニアはタコとサメ!」(2000.6.12)




ジャンボ!
 アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?

その後、ナッビル君は、おっぱいの吸い方もマスターして、すくすくと順調に育っています。

育てのママ達はきょうも皆、ナッビルとナイラの部屋に集まり、それぞれが世話をやいています。その対象は赤ちゃんだけではありません。新しい命をこの世に生み出すという女性最大の大仕事をやり遂げた生みのママに対しても同じです。

女性には冷えが禁物とよく言われますが、熱帯の国タンザニアでも言われることは同じ、特に産後の女性に至って、冷えは厳禁です。

産後の女性の部屋に入ると、もわっと熱い熱風に、まるでサウナに入ったかのように感じて、いつも驚いてしまいます。

もちろん、狭い部屋に、常時何人もの女性がいて、あれこれ世話をやいているので、その人いきれということもありますが、そんな生半可な熱さではありません。だってただでさえ連日30度を超すような熱帯の国で、産後の女性の部屋では24時間炭が焚かれているのですから。

タンザニアの人は、産後の女性は赤ちゃんを産むことで、体中の栄養が抜かれ、骨も肉も柔らかくなってしまっている。だから、産後40日はひたすら体を暖めることで、体中を引き締め、元どおりの元気な体に戻ってから、ご主人の元に帰ると考えています。

ですから、炭なんかたかなくても、汗だくになるほど暑い日でも、産後の女性の部屋には常に炭がたかれます。たいてい炭は、女性のベッド(このときに使われるのは、縄で編んだベッドで、マットはしかず、縄ベッドの上にゴザをしいてその上に横になります)の下におかれますが、部屋の中が気のおけない女性だけになった時には、産後の女性は素肌の上にカンガを一枚まとっただけの格好で、炭の上にまたがる形でかがんだり、立ったりして、体の芯から暖めます。
もちろん女性は汗だくです。そんなにまでして暖めたほうがいいのかなあ? と私は疑問ですが、長年の慣習と言われれば、黙らざるを得ません。

体を暖めるのは、火だけではありません。
体を暖める最高の食べ物として、産後の女性には40日間、高価な蜂蜜が与えられます。

毎朝起きたてに、食事の前にまず、小さな小さな湯のみ一杯の蜂蜜を飲みます。蜂蜜の中には、さらに体を暖める役割のしょうがやこしょうをすりつぶして混ぜて入れます。

産後のママの最大の仕事は授乳、他の仕事は全部育てのママ達にやってもらえても、おっぱいだけは他の人に任せるわけにはいきません。

日本では授乳期間は約1年のようですが、タンザニアでは丸二年です。
日本では、昔から三つ目ぼた餅と言って、産後三日目にぼた餅を食べるとお乳が出ると言われていますが、タンザニアでは、おっぱいの出をよくする食べ物は、サメ、タコ、キャッサバ芋だと言われており、家族が他のメニューの時も、産後の女性だけはタコのスープや、サメのシチューが出されます。

キャッサバ芋だけは安いので、貧しい家庭でも食べられますが、タコやサメは、普段めったに食べられない特別メニューです。その昔、あずきや米が貴重品だった時代の日本でも、おっぱいをやる役目の産後の女性に、乳の出がよくなるようにという願いと、お産に対するいたわりを込めて、里の母親や婚家の姑をはじめとする女性達がぼた餅を作ったのと同じ心情でしょう。

こうやって、産後の女性は、赤ちゃんと共に回りの女性達からいたわられ、助けられながら産後を過ごす中で体力を回復し、それぞれの家庭に帰っていきます。

タンザニアでは、出産だけではなく、結婚式、葬式、揉め事、病気、水汲み、その他、女性達は生活の中のあるとあらゆる場面で団結して物事に取り組みます。

日本では、自分の隣にすんでいる人の顔を見たことがないなんていうことがあるようですが、タンザニアではまだまだ隣近所との共同体的生活が生きています。うわさ好きで何にでもでしゃばって仕切りたがるおばさんもいて、面倒くさいことも多々ありますが、やっぱり家族だけでなく、隣近所の人々が集まって力を合わせ、それぞれが自分のできることを惜しみなくやって生きている姿は、素敵だなあと感じます。

近所つきあいなんて面倒くさくてわずらわしいと公言する日本の人がいたら、タンザニアの女性達はこんなことわざのついたカンガをまとってやってくるでしょう。
「お隣さんとうまくやっていけない人って、一体どんな人?」

それでも、白けている人がいたら、
「一人でいたがっている人は、一人にしておけ(そうしたら人のありがたみがわかるから)」
というカンガをひるがえしながら、帰っていくことでしょう。
タンザニアの人々は、人は一人では生きられないことをよく知っているのです。

それでは、きょう出会えたあなたに、心からアサンテ・サーナ(ありがとうございました)。次回のタンザニア便りでトゥタオナナ(お会いしましょう)。
GOOD LUCK!!       Byムナワル








NO.6「リズム感のルーツは子守唄にあり」(2000.6.28)




ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
今回は、タンザニアのジャンボベイビーたちを紹介をしましょう。

日本の新生児平均体重は、3.0キロですが、タンザニアは3.3キロ。2.8キロ未満は未熟児といわれます。

しかも、日本では巨大児といわれる4キロ以上の赤ちゃんもざらで、4.5キロ、5キロを超すジャンボ ベイビー(大きな赤ちゃん)もそれほど驚かれることではありません。

今、生後10カ月のモハメッド君も、生まれた時は4.3キロ、
「この子本当に生まれたばかり?」
と目を見張るほど、ジャンボなベイビーでした。

ちなみにその後の成長振りもよく、10カ月で10キロの健康優良児です。
こんな感じなので、タンザニアでは、私から見ると、どう見ても一歳以上に見える子が、まだ6カ月だと言われたりするので、こちらが面食らってしまいます。

まわりにはジャンボベイビーがごろごろしているし、診療所の看護婦や、周りの女性達に新生児の平均体重を聞いてみると「3.5キロ以上」が圧倒的に多かったのですが、実際に医者に聞いてみると
「健康に生まれてくる新生児は3.5キロ以上の比率も高いが、その反対に母親の健康状態が悪く、超未熟児で生まれる率も高いので、それらを平均すると、新生児の平均体重は、3.3キロになってしまう」
とのことでした。

確かに、赤ちゃん誕生の見舞いに病院を訪れると、広い病室に30ほどのベッドが並んでいて、ジャンボベイビーと超未熟児の両方が、極端に目につきます。

しかも、生後数日で死んでしまう子も多く、新生児室のベッドには、元気な赤ちゃんが並ぶ中、必ずといっていいほどシーツにくるまれた小さな赤ちゃんの遺体がすみに置かれているのも事実です。その上日本のように医療設備が整っているわけではないので、弱い子供たちはどんどん死んでいき、強い子供しか生き残ることはできません。

また、そういった生まれながらにジャンボで強いベイビーたちの前にも、ママのお腹から生まれ出た瞬間から、マラリアを初め、生き残る上で戦わねばならない大敵が待ち構えています。

生後11カ月のアブドゥルラザック君も、数日前にひどいマラリアに罹り、40度を超える熱を出し、白目をむいてひきつけを起こす中、キニーネという強い注射を打たれ、体熱を下げるため、頭から全身に水を何度もぶっかけられていました。

幸いその後の回復は順調で、兄弟喧嘩をするぐらい元気になりましたが、医者の話では、
「マラリアのない日本から来た子供なら、絶対そのまま死んでいただろう」
とのこと。
タンザニアでは、本当に強い子供たちしか成人できないのです。

タンザニアのベイビーたちは、ママに抱かれて子守唄を聞きながらも、さらに鍛えられます。

日本のお母さんは、赤ん坊を腕に抱いて「ねーんねん ころーりーよ おこーろーりーよー」とゆったりしたメロディの子守唄を歌いながら、横に静かに揺するようにして寝かせたりあやしたりしますが、タンザニアのママ達は、赤ちゃんを抱き上げると、上下に激しく揺さぶりながら、「タカッタカッ、タタタン、タッタ、タタタン」といった感じの速く、飛び跳ねるようなリズムの子守唄を口ずさみます。

二分音符どころではなく、十六分音符あり、三連符あり、スタカートありで
赤ちゃんは、その子守唄に合わせて首ががくがくするほど激しく縦揺れにされながらもにっこり笑い、すやすや寝てしまうのですから、子守唄はゆっくりした静かなメロディという先入観のある私から見ていると、まったく不思議な感じです。

タンザニアの子供たちは、日頃から、そこらの空き缶やバケツを即席の太鼓代わりにして、手や棒でひっぱたき、歌を歌ったり、踊ったりして遊んでいます
誰かがその遊びを始めると、まわりの子供たちもわさわさ寄ってきて、ある者は踊り、ある者はまたどこかから音の出そうながらくたを拾ってきて、たたき出します。

そのリズムは、速く、はじけるような感じです。
互いに、それぞれのリズムとリズムを組み合わせていくうちに、即興の音楽隊が出来上がり、時にはその音につられて家から飛び出してきて、子供のバケツをひったくり、自らたたき出す大人まで登場します。

気がつけば、歌はいつのまにか合唱になっていて、即席のがらくた音楽隊の演奏と、わんぱく合唱団の歌声が、タンザニアの青い空に響き渡っているのです。

以前、プロのバンドでドラムを叩いているというドイツ青年がやってきて、話しているうちに興がのり、我が家に遊びに来ていたタンザニアの人達と、はしを使って、テーブルを叩き出し、即興のドラム大会のようになったことがありましたが、終わった後、彼は驚嘆してこう言っていました。
「僕が何年もかかって一生懸命覚えたリズムを、彼らはすぐに覚えて、楽しそうに笑いながら僕のリズムについてきた」

このタンザニアの人々が持つ、すばらしいリズム感のルーツは、生まれて間もない頃から、速くはじけるようなリズムの子守唄を、ママに激しく上下に揺さぶられながら、聞かせられて育つからではないかな、と私はひそかに思っているのです。

ちなみに、唄の歌詞は、「私の愛しい坊やよ。泣かずにお眠りなさい」といたって、子守唄らしいのですが・・・。
「所かわれば品かわる、お国かわれば、リズムもかわる」
といったところでしょうか。

という具合に、タンザニアの子供たちは、毎日の厳しい生活の中で、強く明るくたくましく生きており、「しらけている子」なんて一人もいません。
第一ここには「しらける」なんていう言葉がないのですから。日本のように、子供がしらけながらも生きていけるほど、タンザニアの生活は甘くないのです。

それでは、今日はこの辺で。次回のタンザニア便りでお会いしましょう。

GOOD LUCK!!       Byムナワル








NO.7「日本は七夕、タンザニアはサバサバ!」
(2000.7.11)






ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
7月7日の七夕様には、どんなお願いをしましたか?

タンザニアでは、この7月7日を、数字の7のスワヒリ語読み「サバ」を重ねて「サバサバ」の日と呼び、クリスマスや断食明けの祭りなど、宗教的な祝祭日以外では、タンザニアで一番大きな祝日となっています。

サバサバが祝日になった当初は、農業国タンザニアを支える農民のための祝日ということで、農業祭という意味合いが濃かったのですが、現在このサバサバの日は、貿易振興を兼ねた商業祭として定着し、年に1回ダル・エス・サラーム郊外にあるサバサバ会場で国際貿易博覧会が開かれています。

7月7日をはさんで10日間の期間中、16万平方メートルの博覧会会場に各国、各社のパビリオンが立ち並び、国中から何10万人も人が訪れます。

毎年近隣国の大統領がサバサバ博覧会の主賓として呼ばれ、タンザニア大統領と共にサバサバ会場を見学し、各パビリオンや、食品部門やマスメディア部門といった部門ごとに出展されたものの充実度を見て、その年の優秀パビリオンや各部門での優秀賞を選びます。今年の主賓は、ナミビアのヌジョマ大統領でした。

もちろんアフリカフェの製造元TANICA社のスタッフも、2日間かけてはるばるブコバからかけつけ、PTAホールという大きなホールの正面入り口からすぐの目立つブースで、TANICA社ご自慢のブコバ産インスタントコーヒーを展示しており、食品部門で堂々3位に入賞、銅メダルを獲得しました。

受賞のインタビューに対して、「来年は、我々のブコバのコーヒーで2位をめざし、再来年はタンザニア1位をめざす!」と力強く語ってアフリカフェの故郷ブコバに帰っていきました。

サバサバ会場には、親子連れから若者達まで人々を楽しませるアトラクションが揃っています。
大統領が来場する日には、もちろん楽隊によるパレードやダンスがあり、普段の日でもあちこちでぬいぐるみやお面(なぜか昔のライオン丸のような変なお面であまりかわいくない)をかぶった人が歩いていたりして、大人も子供も会場に入るだけで大喜びです。

サバサバの期間中だけ設置される観覧車やメリーゴーラウンドがある移動遊園地もあり、会場の一角には小さな動物園もありました。

動物園の中にはサル、蛇、シマウマ、らくだ、ダチョウ、亀、なまけもの、はりねずみ、マングース、ありくい、フラミンゴ、ハゲコウ、インパラ、さそり、ハイエナ・・・etcといった地味めの動物に交じって、1頭だけレオパード(豹)がおりに入っていて、人気を集めていました。

日本の皆さんは、タンザニアの人々は、動物なんて見慣れていると思うかもしれませんが、皆さんが想像する象、きりん、シマウマ、ライオンなどといった動物は、国立公園や動物保護地区やその周辺でこそたくさん見られますが、それ以外の場所ではほとんど見られません。

もちろん観光客が行くような動物サファリは、タンザニア国民にとってはとても払えるような金額ではないので、動物の宝庫タンザニアの人々のほとんどはこういった動物を見たことなんてないのです。

ですから、このサバサバ会場の片隅の小さな動物園は、子供より大人の数が多く、皆興味津々の表情で動物たちの仕草に見入っていました。

各動物のおりの前には、係員が立っており、質問や要望に答えてくれます。
要望のほとんどは、
「らくだの立っているところが見たいから立たせてくれ」
とか、夜行性の動物が寝ていると、
「寝ている動物を見てもしかたがないから、おこしてくれ」

おりの中でおとなしくしている豹を見れば
「豹は獰猛と聞いているがこいつはおとなしくしているからつまらない。怒ったところが見たい」等・・・

日本ならとんでもないと一蹴されるような要望ですが、タンザニアの動物係員は、皆それぞれ先端に鉤のついた棒を持っていて、お客の要望に応えて、寝ている動物の背中や尻を引っかいておこしたり、豹を挑発して怒らせたりしてくれるのです。

小さなガラスケースのふたを開け、その中に入ったコブラの頭を突付き、コブラが怒って鎌首をひろげたのを見せながら、
「これがコブラの怒った姿です。こいつにかまれると、20分以内で血清を打たねば助かりません」
なんていう説明をされた時は少々びびりました。

なまけものに至っては、もうおこされるのに慣れているのか、いくら鉤で突付かれたり引っかかれたりしても、でろーっと寝転んだまま面倒くさそうに片目を開けて寝返りをうつ程度、もう人間には付き合ってられないぜといった様子でとてもおかしかったです。

また、サルやはりねずみなど小さな動物の多くは、ダル・エス・サラーム近郊から捕まえてきたとのことで、習性を聞くと
「この長い耳を持つサルは、とうもろこしが好物で食い散らかす上逃げ足が速く、利口でなかなかつかまえられないので農民達から嫌われていて、アブマーシー猿(アブマーシーとは、タンザニアの昔話に登場する、とんちのきく、ちょっとずるがしこい主人公の名前)と呼ばれています」

という具合に、普通の動物サファリでは絶対に聞かれないような、生活に密着した説明を聞くことができ、また、日中は穴でひっそりしている、地味ながら変った動物も多く、こんな動物もいたのかと新しい発見の多い楽しいサバサバ動物園でした。

サバサバ博覧会場は、商品の展示だけではなく、各国の文化の紹介やダル・エス・サラーム大学を初めとするタンザニアにある各団体の活動や研究の発表の場でもあります。

日本パビリオンからは、日本文化の紹介ということで、日本大使館とJETRO(日本貿易振興会)共催で、タンザニア柔道大会(サバサバ柔道杯2000)が催され、本土ダル・エス・サラームチーム8名、ザンジバルチーム8名でのトーナメント戦を行い、タンザニア1を決定する初めての公式戦が、サバサバの会場に集まったタンザニアの衆目の中で行われました。

結果は、一回戦の8試合で、既にザンジバルが7人勝ち抜いてしまい、ダル・エス・サラームで一人残った選手も2回戦であっさりと敗退。
午後からのファイナルマッチの残ったベスト4はすべてザンジバルチームという中で、当然のことながら1位から4位まですべてザンジバルが独占する結果になりました。

この模様は、テレビでも放映され、翌日の新聞のスポーツ欄では、
「ザンジバルトリオ、サバサバ柔道杯を制す」の見出しで、大きく掲載されていました。

今回のサバサバ柔道杯2000で、日本柔道がタンザニアに根付いていることが大いにアピールされ、また、タンザニア全体からみればザンジバルというちっぽけな島から来た選手達が本土チームを総なめにしたことで、「ザンジバル柔道ここにあり」も証明され、そして、本土チームも来年は雪辱に燃えて練習に励むことことでしょうから、両チームが切磋琢磨しながら試合に挑むことで互いに高めあい、タンザニア柔道発展につながるという点からも大いに意義のある大会でした。

大会主催者の日本大使館佐藤大使は、大会後のスピーチで
「みなさんの素晴らしい試合ぶりに感動しました。来年も日本大使館でサバサバ柔道大会を主催します」
と公言していたので、来年もタンザニア便りで、タンザニア柔道大会の結果速報をお知らせできることでしょう。

日本の七夕は、タンザニアのサバサバの日、日本人が年に一度の七夕祭りを大切にしているように、タンザニアでも年に一度のサバサバの日を楽しみにしている人がいっぱいです。

日本パビリオン内に展示されていた見事な笹飾りには、タンザニアに住む日本の子供たちによって
「ゲームがたくさんほしい」
「パソコンがほしい」
とあどけない字で書かれた短冊がゆれていました。

笹飾りを見上げていたタンザニアの青年に願い事を聞いてみると、
「家族に腹いっぱい食べさせることができるぐらい稼げる仕事につきたい」
という答えが返ってきました。

サバサバの会場を一歩出ると、遠い会場まで歩いてきたものの、入場券が買えないため中には入れないので、少しでも中をのぞこうとしたり、あわよくば他の家族連れに紛れ込んで入ろうとする子供たちが入場門に群がり、係員に追い払われていました。これも、タンザニアの現実です。

来年の七夕が近くなったら、はるか遠いタンザニアの人たちのことも思い出して下さいね。
それでは今日はこの辺で。次回のタンザニア便りまでお元気で。
GOOD LUCK!!    Byムナワル





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