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アフリカの民話

Last update 2016.3.14.



アフリカの民話の世界へようこそ!




ここ、「アフリカの民話」は、私のテーマページです。

私は、小さい頃から昔話を聞くのが大好きでした。それが高じて、大人になった今でも、ザンジバルの人たちから昔話を聞いては、心躍らせているわけですが、
学生時代に、民話の掘り起こしや、民話と地域文化を組み合わせて探求していくことの楽しさを知りました。

私が住んでいるザンジバルは、アフリカの中でも独特の文化を持つ島で、民話もまだまだ掘り起こすことができる土壌です。
また、ここザンジバルは、スワヒリ語の発祥地でもあり、今も美しい韻や、他では見られない正しい謙譲語、尊敬語が使われています。
ザンジバルで聞くスワヒリ語のお話には、同じ様にスワヒリ語を使っているタンザニア本土、ケニアでは聞くことができない独自性があり、大変面白いです。

ということで、このコーナーでは、学生時代から興味のあった民話を通して、その土地の文化や社会の様子を紐解いていくという試みを、自分自身のテーマ&楽しみとしてやっていますので、皆様にも、民話の世界を一緒に楽しんでいただければ幸いです。


                                          島岡由美子拝

はじめに



アフリカの民話絵本「しんぞうとひげ」
ポプラ社より発刊!



「アフリカの民話」好評重版!



アフリカの民話
目次



「アフリカフェ伝説」
「帆船ダウはニワトリから」
「たかが眉毛、されど眉毛」
「カメレオンには近づくな」
「カメレオンを食ったカエルを食った鳥を食って死んだヘビ」
「腹ぺこミザ」
「猿女房」
「蛇もおだてりゃ穴を出る」
「奴隷殺しのビビホーレ」
「きれいになりたかったカエル」
「豆畑」
「なぞなぞ姫」
「おおとかげグルグル夫婦」
「ザンジバル一の力持ち」
「七色の鳥になった娘」
「心臓と口ひげ」
「母からのみやげ」
「おしゃれ猫とまぬけ犬」

「猿女房」「きれいになりたかったカエル」「ザンジバル一の力持ち」「七色の鳥になった娘」「心臓と口ひげ」「母からのみやげ」は、書籍「アフリカの民話」に収録されました!
→くわしくはコチラ
「心臓と口ひげ」は、絵本になりました!
→くわしくはコチラ





 
ポプラせかいの絵本シリーズ
「アフリカ民話絵本 しんぞうとひげ」

2015年4月8日発刊!


おはなしをはじめるよ〜 「パウカー」「パカワー」!
むかしむかし、あるところにしんぞうとひげがおりました。
しんぞうもひげも、貧乏で、いつも腹をすかしておりました……
アフリカタンザニアに伝わる、奇想天外な民話です。



アフリカの民話絵本「しんぞうとひげ」ポプラせかいの絵本(47)
島岡由美子 採話
モハメッド・チャリンダ 絵

◆大型絵本 27cm×27cmオールカラー 43ページ
▼発行元 : ポプラ社
▼2015年4月8日
ISBN978-4-591-14471-8

アフリカの民話22編を紹介する「アフリカの民話〜ティンガティンガ・アートの故郷タンザニアを中心に」から、
とびきりふしぎ面白い民話「しんぞうとひげ」が、ポプラ社世界の絵本シリーズの一つとして、ついに絵本になりました!
チャリンダさんが描き起こした、色鮮やかなティンガティンガ・アートでタンザニア民話の世界を、お楽しみください!


★タンザニア便りで、絵本出版のお知らせをしています。
「アフリカの民話絵本「しんぞうとひげ」2015年4月ポプラ社からの出版決定!
出版記念絵本原画展開催します」
コチラからどうぞ

 

<『アフリカ民話絵本 しんぞうとひげ』の入手方法>

<一般書店> 全国大手書店にて取扱いしています。
全国のどの書店でも、一冊から送料無料でお取り寄せするこができます。
ぜひ最寄りの書店に問い合わせていただければと思います。

<アマゾン> Amazon.co.jpでもご購入いただけます。

<バラカのオンラインショップ> アフリカフェ@バラカのセレクトショップで発売中!

<バラカのイベント会場> 各地のバラカのイベント会場でもお求めいただけます。
バラカのイベントカレンダーをご覧ください。




ご意見、ご感想、お問い合わせは、こちらよりお寄せ下さい




★好評につき、重版!

「アフリカの民話〜ティンガティンガ・アートの故郷、タンザニアを中心に〜」


「アフリカの民話〜ティンガティンガ・アートの故郷、タンザニアを中心に〜」
島岡由美子 文・写真
モハメッド・チャリンダ 絵

試し読み
「アフリカの民話」をちょっとだけご紹介!
試し読みページはコチラからどうぞ



〜ザンジバル在住25年の著者が、アフリカの人々から伝え聞いた、各地に伝わるお話22篇を、
ティンガティンガ・アートの挿絵とともにご紹介する民話集。〜

◆対象年齢:9歳から99歳まで
◆A5判上製 オールカラー 208ページ 定価1,500円(税別)
◆2012年4月27日発刊 ◆出版元:(株)バラカ
ISBN978-4-906909-00-1



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アフリカの民話が読売新聞書評で紹介されました!





<『アフリカの民話』の入手方法>

<図書館> 図書館ご利用の方は、ぜひリクエストしてください。

<一般書店> ジュンク堂、リブロには置かれる予定ですが、そのほかの書店は まだ未定です。
全国のどの書店でも、一冊から送料無料でお取り寄せするこができます。
ぜひ最寄りの書店に問い合わせていただければと思います。


<アマゾン> Amazon.co.jpでもご購入いただけます。

<バラカのオンラインショップ> アフリカフェ@バラカのセレクトショップで発売中!

<バラカのイベント会場> 各地のバラカのイベント会場でもお求めいただけます。
バラカのイベントカレンダーをご覧ください。





<書店様向けご案内>
株式会社JRC経由で、すべての取次への出荷が可能です。返品は長期にお受けします。
ご注文は株式会社JRCへ
TEL:03-5283-2230 FAX:03-3294-2177








2013年4月号より現在まで、書泉本部の発行する書道誌「書泉・学生部」誌上にて、
アフリカの民話を連載する機会に恵まれました。
詳しくは、こちらへ



2007年1月〜2009年3月まで、「一冊の本(朝日新聞社)」誌上にて、
アフリカの民話を連載する機会に恵まれました。

詳しくは、こちらへ


*当サイトの画像および文章を、無断で複写、転載することをお断りします。
お問い合わせはこちらよりお寄せ下さい










はじめに


アフリカには歴史がないと言われがちですが、西洋史から見ると、文献その他で解読可能な歴史が残っていないというだけで、白人がアフリカ大陸を発見するずっとずっと昔から、アフリカ大陸では独自の言葉、文化習慣を持つ何百という民族が、広いアフリカ大陸を移動し、混血し、交易しあいながら生活を営んできました。

150万年前に東アフリカに姿を石器や火を使う原人が住んでいたという人類最古の歴史から、ヨーロッパ人が探検と称してアフリカ大陸に入り込みだした19世紀までアフリカについての歴史がすっかり飛んでしまいがちなのは、私たちが西洋人から見た歴史を学んできたからです。

アフリカの多くの部族は文字を持たず、自分たちの歴史を書き残すことはしてきませんでした。
アフリカの歴史を知る手がかりは、言葉による資料文献に頼る西洋史的考えでは十分に得ることができず、「アフリカには歴史がない」と片付けられてきたのです。 

しかし、文字に頼らない口頭伝承や、音楽や美術、また、現代まで続いている生活様式などを通して、アフリカの人々が持つ独自の民族文化に目を向ければ、アフリカは歴史の宝庫です。文字で残さなかった分、文化や民族の興亡といった歴史は、語り部と呼ばれる特別な人々によって代々語り継がれ、一般の人々にも、成人式や結婚式といった儀式の中でことあるごとに伝えられてきました。

それらは、一般民衆の中で何度も繰り返し語られる中で、民話や伝説となり、歌になり、太鼓のたたき方になり、踊りになり、さらに伝えられていきました

また、西洋文明の流入が遅れていたことが逆に、21世紀を迎えようとしている現代においても、いわゆるテレビ、ラジオ、パソコンといった電化製品を媒体とする情報文明に巻き込まれずに、独自の文化を継承し続けることができる結果となり、特別な語り部ではなくても、一般民衆が親から子へ、子から孫へと民族の歴史や伝統が豊富に詰まった民話や音楽や生活の知恵を、語り継ぐ役を果たしています。

しかし、こういった口頭伝承の伝統も、早足で進む時代の波にのまれ、急速に廃れつつあり、家庭ではテレビ、ラジオの普及に伴って、昔話を聞く機会が減り、
「今の子供達は昔話なんか聞きたがらないからね」
と親達も子供に伝える気持ちを失いつつあり、国が行う学校教育の中では、奴隷、植民地から解放された後、独立後の短い歴史は習っても、国を形成する前からあったそれぞれの部族独自の言語を含めた伝統文化を、子供たちが教わる機会はほとんどありません。

それでも、アフリカにはまだまだ民衆の語り部達が数多く残っており、自分たちの子孫だけではなく、私たちがアフリカを知るためにも、そして人間の生き方を考えるにも貴重な民話や伝統文化を伝えてくれるのです。

ここでは、アフリカフェの国タンザニアを中心として、私自身が自分の耳で聞いたアフリカの民話を紹介する中で、その奥に眠る歴史や、人々の文化風習、そして人々の考え方など、アフリカについてのいろいろなことを探っていきたいと思っています。

民話、昔話、伝説といった言葉の区別については、伝説は特定の場所にある物や人について語られる話、昔話は「むかしむかしあるところに」という語り口に代表されるように、特に決まったものがなく語られるもの、そして民話とは、伝説と昔話の両方を含めて、民間の間に語り継がれている話といった広い概念を持つものということから、題を「アフリカの民話」としました。

また、アフリカは古来より様々な部族が、大陸内を移動し、混血を繰り返しながら今日に至っているという性格上、現在、地図上で表わされる国という概念ではとらえきれないことが多い上、民話の採集地のほとんどがタンザニアであっても、現在の国が形作られる前から語られてきたであろう内容が多いため、あえて、「タンザニアの民話」ではなく、「アフリカの民話」としました。









アフリカフェ伝説


アフリカフェの故郷ブコバ
は、タンザニア、ケニア、ウガンダの国境に隣接するアフリカ三大美湖ビクトリア湖畔の美しい街。そして、ブコバのコーヒーを愛する人々の街です。

ここには、アフリカがまだ各部族によって統治されていた頃、部族の王様たちがこぞってアフリカの真珠といわれるこのブコバの豆を手に入れようとしたという伝説が残っています。
第一回目は、このアフリカフェの伝説について考えてみましょう。

アフリカ大陸では、異なった言語や文化、生活形態を持つ独立した何百もの部族が、それぞれ土地や牧草を求めて移住生活する中で、また新たな民族の交わりや新しい言語の形成を繰り返しながら歩んできました。

アフリカの民は、西洋人が入り込むずっと昔から、サハラ砂漠を越え砂のシルクロードと呼ばれる交易ルート、ナイル川、ザイール川などの大河を使ったルート、ビクトリア湖、タンガニーカ湖などの湖をめぐるルート、そして、インド洋に吹く季節風を利用した海洋ルート等‥を開き、交易の大小は別として、いろいろな形で部族が交わりながら時代が進む中で、言葉や文化だけでなく、交換された産物が、その土地に根付いていくのは当然のことでした。

コーヒーの原産国エチオピアでは、1000年もの昔からコーヒーを飲む習慣があったと言われており、日本の茶道にあたる「コーヒー道」といった感じの「コーヒーセレモニー」と呼ばれるコーヒーをたてるときの決まりごとや飲み方が現代にまで伝えられています。

エチオピアでは初めはコーヒーの葉を煮出して飲んでいたそうで、現代のようにコーヒー豆を火で炒って砕いて煮出すという飲み方は、アラブからの逆輸入だとか。

タンザニアのブコバでは、コーヒーの実をゆでて、そのままかじるという習慣が残っています。また、タンザニアにはブコバの伝説とは別に、コーヒーの実をかじって一晩中眠らずに働きとおしたロバの話(カフェイン効果)などが残っています。

エチオピアから元をなしたアラビカコーヒーも、中央アフリカのコンゴ原産のロブスタコーヒーも、それぞれがいつの時代かは特定できませんが、こうした各部族の交易の中でアフリカフェの故郷現在のブコバ地方に渡ってきたものです。そして、コーヒーの使い方も、その部族によってそのままかじったり、実や葉を煮出したり、現代のように豆(種子)だけを取り出して炒って煮出したり・・・それぞれだったことでしょう。

そしてまた、コーヒーは栽培条件を選ぶ非常にデリケートな植物で、その栽培条件は、人工的には作ることのできない自然条件がほとんどなので、産物の交換によってその味を知った各部族の王様達が、自分の土地で作ろうとしても、その条件を満たさない土地であれば、栽培は不可能でした。
人間は、自分で作れないものほど価値を見出し、ほしくなるもの。

各部族の王様がこぞってブコバのコーヒー豆をほしがったという言い伝えも、アフリカの歴史を考えながら聞いてみると、コーヒーを初めて口にして、その味や効用に感激した王様が、家来に向かって
「なんとしてもこのコーヒーの実をもっとたくさん持ち帰るのじゃ!」
と大声で命令している姿が浮かんでくるような気がしませんか。









2.「帆船ダウはニワトリから」


きょうは、タンザニアで、今も現役で活躍している帆船ダウについてのお話です。 

インド洋に浮かぶ島、ザンジバルはもちろん、沿岸地域のダル・エス・サラーム、タンガ、バガモヨなどの港町は、タンザニアでの漁業、貿易の拠点です。大型の鉄の船ももちろん出入りし、時には世界一周の大型客船も帰港する中、今でも丸太をくりぬいて作るカヌーや、木造帆船ダウが、現役ばりばりで活躍しています。

この木造帆船ダウは、アラブ独特の木造船で、紀元前の昔からアラブ人たちはこのダウ船を操り、季節風を利用して、インド洋を縦横無尽に操り、「海のシルクロード」とも呼ばれる貿易ルートを開発してきました。アフリカ沿岸の多くに、今もこのダウ船が見られるのは、アラブ商人の通った名残です。

もちろん、アラブ人のおこなったアフリカにおける貿易とは、北アフリカの金銀を買い叩き、東アフリカの象牙、サイの角を乱獲しただけでなく、アフリカ人を奴隷として自国やヨーロッパ、アメリカに売り払うなど、貿易とは名ばかりの植民地貿易そのものだったことは、説明するまでもないでしょう。

何はともあれ、21世紀を目前にした今も、時代の名残とも言うべき木造帆船ダウが、アフリカの各地でアフリカ人職人の手で受け継がれながら、生活の中で活躍し続けているのは、皮肉といえば皮肉ですが、アフリカの人々は、そんな歴史よりも、自分達で守ってきた造船技術に誇りを持ち、帆の代わりに船外エンジンや船内エンジン搭載にしたり、帆とエンジン併用船にしたり、がんこに昔ながらの帆船一筋と差はあっても、伝統ある木造船ダウを愛し、今もあちこちで新しいダウ船が職人達の手作業で造られています。

造船所は、どこにでもあります。マンゴーの木の下、バオバブの木の下など、海のそばに適当な日陰さえあれば、船職人はそこを作業所にしてしまいます。炎天下でも、日陰に入れば何とか作業はできますから。

贅肉のない黒い肌にいつも美しい汗を光らせながら、なたをふるい、のこぎりをあてる船大工アブダラは49歳。9歳の時から船大工だった祖父に仕込まれ、この道一筋40年、ザンジバルきっての船大工です。

アブダラが仕事を始めると、見物人の男達が集まってきて、そこらの切り株や石の上に座り、彼の仕事を眺め、おしゃべりを楽しんでいます。見物人は、漁師だけでなく、仕事のないヒマな人々。

タンザニアには働きたくても仕事のない人が多く、娯楽もほとんどないので、人々は、誰から何かを始めると、そこに集まり、ただただ黙って眺めていたり、わいわいとおしゃべりを楽しんだりしているのです。

きょうは、大工職人アブダラが、自分のおじいさんから聞いたというとっておきの話をしてくれました。

「ザマニ ザ カレ(昔むかし)、あるところにヌフというアラブ人がおったとさ。

ヌフが生まれたときにはまだこの世に海がなく、人間はどこにでも歩いて行くことができた。
ある日ヌフの住んでいたところに三日三晩大雨が降り、4日目の朝、やっと晴れたので、ヌフが外に出てみると、大きな大きな虹が出ていただけでなく、とても人間の力では渡れないくらい大きな大きな水溜りができていた。
この水溜りの水は大きくて深いだけでなく、とっても塩辛かった。
とにかくとても人間の力では渡ることができない。
人々が途方にくれていたある日、ヌフにアラーの神からのお告げが下った。

「ヌフ、お前にはこの大きな塩辛い水溜り、海を渡る道具船を造る才能を与えよう」

しかし、ヌフには、船という言葉も海という言葉も初めてで、どうしていいかさっぱりわからない。
ヌフは困って神に一心に祈りを捧げた。

「偉大なるアラーよ。船とは一体どんなものですか?
 私はどうやったら船を造ることができるのですか? どうか教えて下さい」
すると、再びアラーの声が、ヌフの心に響いてきた。

「にわとりを一羽屠り、再び祈れ。されば、船というものがお前にわかるだろう」

ヌフは早速にわとりを一羽、神の名の元に屠り、祈りを捧げながら解体していった。
首を切り取り、血を抜き取った後、普段どおり、羽を切り取り、胸の部分から真っ二つに切断したところで、ヌフははっとひらめき、切断されたにわとりの骨組みをじっと見つめていた。

にわとりの背骨、あばら骨、首の骨、翼・・・。

翌日から、丸1週間、ヌフは不眠不休で丸太を削り、組み合わせ、とうとうたった一人で船というものを造った。

ヌフが造った船というものを海に浮かべてみると、ちゃんと浮いている。
人々が嬉々として船に乗り込んでも、船は沈まず、三角の帆に風が当たるとするすると動き出した。

すべては、神の言われるとおりだった。
にわとりを見ていたら、ヌフにはちゃんとわかったんだ。
にわとりの骨組みと同じように木を組み合わせていけば、船というものができるということがね。

だから今でも、船の構造は、にわとりの骨組みと一緒さ。
にわとりの背骨がムククー(船の土台になる一番下の太い柱)、あばら骨がマタルマ(船のあばら骨にあたる部分の湾曲した木)、首の骨がファシーネ(船首柱)、尾がスカニ(舵)、そして翼がタンガ(帆)なのさ。

神がヌフに与えてくださった船造りの才能を、今でもわしら船大工が受け継いで、大切に守っているのさ。神は、誰にでも何かしらその人にしかない才能を与えて下さっている。商売の才能を持って生まれてくる人、家畜飼育に長けている人、学校の勉強に秀でている人、中には動物の声を聞き分ける才能を与えられた人までいる。

わしには、船大工の創始者ヌフのように、船という道具を考え出す才能はないが、ヌフが地上に残していってくれた船造りの技術を守り、船を造り出す力を神が与えてくださったのさ。

わしは、そのことを心から感謝しているよ。わしは、神から与えられたこの仕事をしながら生き、結婚し、家族を作り、そして死んでいく。まったく素晴らしい人生さ」

神から与えられた才能・・・ザンジバルの人と話していると、よくこの言葉に行き当たります。あなたは、自分に与えられた才能を、もう見つけることができましたか?








 

3. 「たかが眉毛、されど眉毛」


今回は、まゆ毛をテーマにしたお話です。

太さや形の違いはあれ、誰の顔にもあるまゆ毛。
目はものを見るための器官、鼻は息をしたり、匂いをかぐための器官、口は物を食べたり飲んだりするための器官ということは誰にでもわかりますが、まゆ毛は一体どんな働きをしているのでしょう?

 目や鼻や口に比べると、必然性は薄いという感じが否めないこのまゆ毛、それでも人間の顔についているのはなぜでしょう?

民話には、この素朴な「なぜ?」「どうして?」の疑問に答えてくれるものがたくさんあり、これを因果話といいます。

因果話とは、ある物事がどうして現在こうなっているのかという原因を述べる話で、象の鼻はなぜ長いかとか、亀の甲はなぜひび割れているのかなどについて、そもそものいわれを説くもので、広義の自然科学にわたるものです。

さて、今回は、ザンジバルのお話名人ビニョニョおばあちゃんから聞いた「どうして人の顔にはまゆ毛がついているのか?」というテーマのお話を紹介しましょう。

ザマニ ザ カレ(昔々)、あるところに、大酒のみの男がおった。
男は、酒を飲むと、大声でわめきちらす癖があった。

ある時、男は酔っ払って、こんなことを言い出した。
「目はものを見るのに必要だ。鼻は匂いをかぐのに必要だ。
口は物を食べるのに必要だ。だが、まゆ毛は一体何の役に立っているのか? 
まゆ毛なんか、あったってなくたって、意味がない。俺は、この役立たずのまゆ毛をそり落とすことにする」

「神様が人間に与えてくださったもので、意味のないことなど1つもない。
まゆ毛にだって、きっと何か意味があるはずだ。
神から授かったまゆ毛をそり落とすなどという大それたことをしたら、必ず神のお怒りに触れるぞ。そんなばかなことはやめておけ」

と、周りの人々は一生懸命いさめたが、男はますますいきり立ち、床屋の剃刀をふんだくると、本当に自分のまゆ毛をばっさりそり落としてしまった。

「ワッハッハ。神が何だ。まゆ毛が何だ!」
男は、まゆ毛のない顔で言い放つと、ゴーゴーいびきをかいて眠ってしまった。

翌朝、男はいつものように目覚めると、仕事に出かけた。

普段どおりの道を歩いていたが、その日はどうも周りからの視線が気になる。

女子供は露骨に怯え、男の顔を見て泣き出す赤ん坊までいる。その上、やたら日がまぶしくて、いつもなら眉をしかめればやわらぐまぶしさも、その日は一向に和らぐ気配がない。

目をしかめながら歩いているうちに、汗がだらだら出てきて、やたら目に流れ込み、目にしみて困った。
修繕途中の家の前を通ると、上からかんなくずが落ちてきて、目に入って痛くてたまらない。
男はもうたまらんと、仕事に行くのをやめて家に帰ってしまった。

男は、家に帰って、鏡に映った自分の顔を見て驚いた。

まゆ毛がないだけなのに、別人のように怖い顔になっていた上、目が真っ赤に充血していたのだ。

でも、男はまだこんなことを言って笑っていた。
「ふん、どうせ、まゆ毛なんて1、2週間ではえてくるさ」

しかし、どうしたことか、男のまゆ毛は2週間経っても全くはえてこない。
1カ月経っても3カ月経っても全然生えてこない。

外を歩こうにもまぶしいわ、汗は目に入るわ、ゴミや埃がやたら目に入るわで、楽しいことが一つもない。
しかめっ面をしたまゆ毛のない男の怖い顔に、子供達はおびえ、人々もだんだん寄り付かなくなっていった。

男はだんだん無口になり、酒もやめ、外にもめったに出なくなった。
どうしても外に出なくてはならないときは、帽子を目深にかぶって、人目を避けながら歩くようになったとさ。

たかが、まゆ毛、されどまゆ毛。偉大なる神がすることには、意味なしのことなどなんにもありゃしない。まゆ毛にだって、ちゃんと意味があるのさ。

眉毛の話は、これで、おしまい』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーん、まゆ毛ってこんなに大事だったんですね。

まゆ毛の働きについて本で調べてみると、
1)日よけ・・・顔をしかめると眉の部分が約6ミリ前に飛び出し、日よけになる。
2)汗よけ・・・湯気や汗がまゆ毛を伝わることで、目に流れ込まず顔の両端に流れる。
3)異物&けが防止効果・・・まゆ毛の部分のでっぱりと毛によって、異物が上から落ちてくるのを受け止め、硬いものがぶつかっても、毛がクッションの役となりけがを防ぐ。
という役割があることがわかり、ビニョニョおばあちゃんのお話とぴったりで、驚きました。

ビニョニョおばあちゃんは、生まれてこのかた学校に行ったこともなく、自分の名前すら書けません。

でも、物知りでお話上手のおばあさんとして、近所の人から慕われ、何かわからないことがあると、子供も大人もビニョニョばあさんの元へ走ります。
そして、ビニョニョおばあちゃんは、いつも決まってこういった昔話を語る中で、人々の疑問にちゃんと答えてくれるのです。昔の人は、別に学校で生物だ、科学だなんて習わなくても、ちゃんと自然や自分達の体の摂理をわかっていて、こうした形で次の世代に教えていたんですね。

日本に「亀の甲より年の功」ということわざがあるように、タンザニアにも、「お年寄りは知恵袋」「年寄り1人は、若者7人よりも優る」ということわざがあり、お年よりは、尊敬すべき人生の先輩として敬われ、家族にも、近所にも、必ずビニョニョばあさんのような物知りのお年寄りがいて、大人も子供も何かあるとまず、お年寄りに意見を求めます。
でも、それは、少し前の日本でもごく当たり前の情景でしたよね

テレビ、雑誌、インターネット・・・現在、私達の周りには様々な情報が溢れ、まったく人を介さなくてもたくさんの知識が得られます。

でもそんな世の中だからこそ、人生の先輩達に直接会って生の声を聞き、自分達の人生に生かしていくことが大切ではないかと、タンザニアの人々のありかたを見ていて思うのです。

                                           By島岡由美子









4.「カメレオンには近づくな」


今回は、カメレオンをテーマにしたお話です。
カメレオンといえば、体の色を様々に変える。
ゆっくりとした動作で昆虫に近づき、粘液のついた長い舌をすばやく伸ばして、昆虫をくっつけて捕獲する。
眼球が左右に飛び出し、ドーム上のまぶたで覆われていて、別々に動かせる。
指が二股になっている・・・などといった特徴が次々に頭に浮かんでくると思うのですが、実際にカメレオンを見たことがある人は少ないのではないでしょうか。

かくいう私も、アフリカに来るまでは、カメレオンなんて本やテレビでしか見たことがありませんでしたし、ケニアやタンザニアで動物サファリに行っても、ライオンや象、きりんといった大きな動物ばかりに目がいって、木の上で目立たず虫を捕っているカメレオンを見つける余裕などありませんでした。

しかし、実際にアフリカで暮らしてみると、カメレオンは人間にとって身近な動物で、ナイロビでは街路樹でのんびり暮らしている姿、ザンジバルではそこらに生えているキャッサバの葉の上にちょこんとカメレオンが乗っているなんていう光景も珍しくありません。そんなカメレオン達の姿は、昔話やわらべ歌の中にも登場しています。

きょうは、ザンジバルで語られているカメレオンの昔話を2つご紹介しましょう。

1.『カメレオンには近づくな』
むかし、むかし、あるところに、夫婦が住んでおった。

男は朝から畑に行き、いつものようにキャッサバ芋を掘り、土を払ってかごに入れ、キサンブ(キャッサバイモの葉)を摘んで、根元を切って束にして、わらで縛り、キャッサバイモの入ったカゴに載せると、カゴを自転車の荷台にくくりつけ、街に売りにいった。

男は、キャッサバ芋と葉を売った金でいわしを一山買うと、家に帰り、残しておいたキャッサバ芋とキサンブ一束と、いわしを妻に渡した。

でも、その最後のキサンブには、小さな小さなカメレオンがついていた。カメレオンは初め、カゴの上の方の葉にくっついていたが、葉っぱとまるで変わらない色をしながらゆっくりゆっくり下にもぐりこんで、一番底にあった葉の下でじっとしていたので、誰もそれに気づかなかったんだ。

妻はさっそく料理にかかった。キャッサバイモの皮を剥き、ココナッツミルクで煮た。キサンブは、繊維が硬いので、いつものようにキヌ(杵)でトントンついて柔らかくした。そのとき、小さなカメレオンは、キサンブと一緒につぶされてしまったが、何しろ葉っぱと全然かわらない色なので、誰も気づかなかった。

妻はつぶしたキサンブをゆでて、塩、とうがらし、玉葱、ココナッツミルクを入れて、ぐつぐつ煮込んだ。いわしはココナッツ油で揚げて、ココナッツで煮込んだキャッサバイモの一番上に乗せて、さらに煮込んだ。もちろんキサンブと一緒につぶされたカメレオンも、ココナッツでぐつぐつ煮込まれてしまった。

妻は、すっかり用意ができると、キャッサバイモとキサンブを、男用、女用、子供用の3つの大皿にとりわけ、コザの上に置いて、家族を呼んだ。

「ビスミルラー」(イスラム教徒が何かを始める時に唱える言葉、この場合は「いただきます。」の意味)で食べ始め、5分も立たないうちに食事が終わると、皆てんでばらんばらのところでくつろいでいたが、しばらくすると、皆急に腹をかかえて苦しみだし、その日のうちに家族全員が死んでしまった。

それもこれも、小さなカメレオンのせいだったのさ。カメレオンは色が変わるだけじゃなくて、体に毒を持っている。カメレオンはシャターニ(悪魔)の生まれ変わりだから、触ったりじっと見たりしちゃあいけないよ。カメレオンは、あのぐるぐる回る目でなんだってどこだってなんだって見てるのさ。あんまりそばに近づくと、毒のついた舌をぴゅっと飛ばされて、目をつぶされるよ。
カメレオンは悪魔の仮の姿、そんな動物に近づくもんじゃない。

カメレオンの悪魔の化身、のんびりした姿にだまされちゃあいけないよ。

カメレオンの話は、これで、おしまい。
(語り手 ザンジバルのサミーラさん)









『カメレオンを食ったカエルを食った鳥を食って死んだヘビ』


むかしむかし、あるところに腹をすかせたカエルがおった。
カエルは、葉っぱの上で虫捕りに夢中になっていたカメレオンを見つけると、ぴょんとジャンプしてぱくりと捕まえ、ゲロゲロッと呑み込んでしまった。

でも、カメレオンをねらっていたのはカエルだけじゃなかった。
空を飛んでいた鳥も、目ざとくカメレオンを見つけていて、ピュッと急降下してきたところだった。
タッチの差で地面からジャンプしたカエルに、カメレオンを取られてしまったので、鳥は悔しくて悔しくて、もう一回旋回すると、カメレオンを食ってゲロゲロと喉を鳴らしているカエルめがけて急降下し、カメレオンを食ったカエルを見事に捕まえると、木の上に戻ってうまそうに飲み込んだ。

でも、カメレオンを狙っていたのは、カエルと鳥だけじゃなかった。
足のないヘビも、するすると木を伝って、音も立てずにカメレオンのそばに行き、さあ飲み込もうとした瞬間に、カエルに先を越され、おまけに今度は、そのカエルを鳥に持っていかれてしまったのだった。

ヘビは悔しくて悔しくて、カメレオンを食ったカエルを食った鳥が止まっている木に登ると、音も立てずに鳥に近づき、あんぐり口をあけてぺろりとひとのみすると、満足そうに舌をちろちろさせながら、木を降りていった。

でも、カメレオンを食ったカエルを食った鳥を食ったヘビは、木を降りている頃から苦しみだし、木を降りきる頃には、ただの縄のようになって死んでしまった。

しばらくすると、カメレオンは、自分を食ったカエルを食った鳥を食って死んだへびの口からのっそり這い出して、いつものように、のんびりゆっくり木をのぼっていったとさ。

カメレオンは、きれいな色で惑わせて、のんきな動きで警戒を解かせ、いつもきょろきょろして臆病で弱そうに見えるけど、本当は悪魔の使い。

のんびりした動きも美しい色も、臆病そうな目も、みんなうそっぱち。本当は体に毒を持ち、自分が食われたら、相手をその毒で殺してしまう。普段隠してある長い舌は毒矢の代わり。好物の虫を捕る為だけじゃなく、近づいてきた動物の目を狙ってぴゅっと飛ばして相手の目をつぶしてしまう。そして、その間に色を変えながら逃げてしまうのさ。

だから、カメレオンがいたら絶対近づいちゃいけないよ。

カメレオンの話は、これで、おしまい。
(語り手 ザンジバルのロバートさん)






以上は、私がザンジバルで聞いたお話ですが、文献によると、
チャドのサラ族には、
「カメレオンが人間に渡すべき使信が灰色とかげの妨害によって届かなかったために、人間の死はさけられない事実となった」
ケニアのキクユ族には、
「人間は死んでも生き返ることができたのだが、神はそのことを人間に知らせるため、カメレオンを使いに出した。カメレオンがのんびりしている間に、つぐみが人間に嘘を教えたので、人間は生き返ることができなくなった」
ナイジェリアのジュクン族には、
「ある日、ウサギは木の上にうまそうな果実を見つけたが、ヘビがとぐろを巻いていたので、鶏を騙して木に登らせると、ヘビは鶏を食ってしまった。次に出あったカメレオンは、木に登ってヘビを何の苦もなく殺すと、果実をもいで、ウサギに渡してやった。ウサギは腹いっぱいこの実を食べると、残りを人間にやった。人々は、これがあんまりうまかったので、種を植えた。これがパパイヤの樹の栽培の起こりである」
といった昔話がありますが、前の二つは、役目を果たしそこなったものの、神聖なる神の使い。
最後の話は、へびを殺してうさぎにパパイヤを渡すという具合に、3話とも善玉の役で登場しています。

しかし、ザンジバルで語られているカメレオンは、体内に持つ毒で、人やへびを殺してしまう悪魔っぽい役として登場していますし、ザンジバルの人は大抵の人が、カメレオンは毒を持っていると信じ、恐れています。(もちろん、実際にはカメレオンには毒はないのですが)
同じ動物をテーマにしたお話でも、その国や地方によってずいぶんとらえ方が違うものですね。

ちなみに、「カメレオンは、周囲の状況や感情によりすばやく色を変える」と大辞林に書いてあり、それを読んだときは「カメレオンの感情って・・・?」と大いに疑問だったのですが、自分でカメレオンを飼ってみると、カメレオンって感情大あり動物だとわかりました。

特に自分のテリトリーに同じカメレオンが侵入してくると、周りの色に関係なく、真っ黒になってほっぺたや体を思い切り膨らませて自己主張するのには驚きました。でも、そうやってむきになって怒っている時は、見事なほど真っ黒で、保護色どころか「カメレオンここにあり!」と周りに宣言しているようなものなので、周りの色を忘れるほど感情的に色を変えていたら、その間に鳥などの天敵に見つけられてしまうのではないかと、こっちがはらはらしてしまうほどです。

「カメレオンは感情的な動物なり」ということをテーマにしたお話はまだ聞いたことがありませんが、我が家のカメレオン達を見ていると、そんなお話が浮かんできてしまいます。
それにしても、こんなことまで載っている大辞林はすごいと、あらためて我が辞書を見直したことでした。

そうそう、カメレオン座っていう星座もあるそうですよ。
天の南極近くの星座で、4月下旬の宵に南中するとのことですが、残念ながら日本からは見えないとのこと。
一体どんな形なのでしょうね。
さすがにそこまでは大辞林にも載っていないので、誰かご存知の方がいたら、ぜひ教えてください。








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