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アフリカの民話
タンザニアを中心に


タンザニアでは、昔話は今でも本で読むものではなく、誰かが語るのを聞くもの。だから、必ず語り手と聞き手の掛け合いで始まります。
その合い言葉は地方によって違いがありますが、一般的なのは、語り手が「パウクァー」と呼びかけ聞き手が「パカワー」と応えてから話し始めるパターン。意味は、「お話始めるけど、準備はいいかい?」「準備は万端、楽しいお話聞かせてね」といったところのようですが、お話を語るとき以外は使われません。


アフリカの民話13 きれいになりたかったカエル(2002.12.3)
アフリカの民話14 豆畑(2003.1.17)


アフリカの民話13 きれいになりたかったカエル


パウクァー(お話始めるよ)
パカワー(はーい)
ハポ ザマニザカレ(むかしむかし、あるところに)、孔雀と蛙がおりました。

蛙は、孔雀のきれいな羽がうらやましくてたまりません。毎日池の中から、憧れの目で孔雀の姿を見ていました。ある日、蛙は池から岡に上がると、孔雀のそばによって、思い切って聞いてみました。

「ねえ、孔雀さん、どうしてあなたはそんなにきれいなの? わたしもあなたみたいにきれいになりたいわ。きれいになる方法を教えてくださいな」

気のいい孔雀は、それを聞いてこう言いました。
「そんなこと簡単よ。なんなら今すぐきれいになる方法を教えてあげましょう。まず、火をおこすのよ」

「それからどうするの?」
蛙は、間髪をいれずにたずねました。

「そんなにあわてないの、いいから黙って話を最後までお聞きなさい。火をおこしたら、大きな鍋をかけてココナッツ油を入れるのよ」
孔雀がそう言ったそばから、蛙はまたこう言いました。

「もうわかったわ。そしたらその中にぴょんと飛び込むのね」
「待って、待って。そんなにあわてないの、いいから黙って話をお聞きなさい。そしたらその油が熱くなるのをじっくり待つのよ」

そこで、またもや蛙は口を挟みました。
「もうわかったわ。油が熱くなったらその中にぴょんと飛び込むのね」
「ちがうちがう、そんなにあわてないの。いいから黙って最後まで話をお聞きなさい。油が熱くなったら、鍋を下に下ろして・・・」

孔雀がそう言いかけたところで、また蛙が口を挟みました。
「もうわかったわ。鍋を下ろしたら、そこにぴょんて飛び込むのね」

その後に、「油が冷める間で待ってから」
と続けたかった孔雀は、あんまり蛙がうるさいので、思わず、
「そうだよ」
と怒鳴ってしまいました。

蛙は、待ってましたとばかり、ジュンジュンに煮えたぎったココナッツ油の鍋の中に、ぴょんと飛び込んだのですからたまりません。

ジュワワー・・・
あまりの熱さに驚いて、あわてて飛び出てきたけれど、もう後の祭りです。蛙は大やけどを負ってしまいました。きれいになりたかった蛙は、逆に体中にマバカマバカ(いぼいぼ)がついて、前よりもっとみにくい姿になってしまいました。

「だから、話を最後まで聞いてと言ったでしょ」
孔雀の声を聞きながら、蛙は、やけどでいぼいぼになった体を冷やすため、ぴょんと池に飛び込んで、それきり孔雀の前には現れなかったそうです。

話はこれでおしまい。ほしかったら持っていきな。いらなきゃ、海に捨ておくれ。
(語り手 ジョハ ハミシィ)



「美しくなりたい!」これは、人間の永遠のテーマですね。アンデルセン童話「みにくいあひるの子」を読んで、「いつかは自分も、みにくいあひるの子から美しい白鳥に変身したい」と変身願望を抱いた人も多いことでしょう。

そして、女性なら誰しも、鏡を前に、美しくなれる方法はないかしらとため息をついた経験があるでしょう。ザンジバルの蛙も、その一人。毎日池の中から美しい孔雀を見てはため息をついていたとは、いじらしいではないですか。

それなのに、あわてんぼうの早飲み込みで、孔雀秘伝の美容法を聞き終わる前に、口を挟んで、孔雀を怒らせ、あげくのはてには煮えたぎった油に飛び込んで、ますます醜くなっちゃったとは、なんともお気の毒ですが、蛙の態度は、ものを教えてもらう側の取るべき態度ではないですから、自業自得ともいえますね。

お話の中でも、気のいい孔雀も、蛙がうるさく口を挟む上に、わかってもいないくせに「わかった、わかった」を連発する過程で、だんだんいらいらしていく様子がよくわかりますものね。

とは言うものの、蛙が、一生とれない大火傷を負ってしまうのは、ちと代償が大きすぎるような気もします。でも、よく考えてみれば、私達の実際の生活の中でも、小さな不注意で大事故を起こしてしまったり、不用意に発した言葉で、知らないうちに相手を心底怒らせていたりってこと、多いと思いませんか?

火事、交通事故など人災のほとんどは、元をたどれば誰かのうっかりミスだったということが多いけれど、事故を起こしてしまったからでは、「うっかりしてました。ごめんなさい」ではすまされないですものね。そういう意味では、蛙のうっかりミスは、大火傷に十分値するだけの過ちなのかもしれません。

昔話の中の出来事は、象徴的なことが多いので、大げさに思えるかもしれませんが、実際に起こっているさまざまな出来事を考えれば、けっして絵空事と一言ですますことはできないでしょう。

語り手のジョハちゃんは、11歳。妹3人、弟1人がいるしっかり者のお姉ちゃん。
ジョハちゃんは、一つも教訓めいたことを言わないで、お話だけに徹してくれ、一緒に聞いていた、ほかの子供たちは、蛙が孔雀の言葉に、一々口を挟むところから、すでに笑いが起こり、最後に蛙がマバカマバカ(スワヒリ語:いぼいぼの意)になって、池に逃げ込むところでは、げらげら笑い転げ、「あー面白かった!」と大満足していました。

蛙の「いぼいぼ」という表現が「マバカマバカ」という音のスワヒリ語になると、日本人の私には、蛙の様子が一層間抜けな感じに聞こえてきて、思わず子供たちと一緒に、大声で笑ってしまいました。

でも、あんまり蛙を馬鹿にしすぎると、しっぺ返しがきそうですね。
「蛙の振り見て、わが振り直せ」
皆さん、お互い、うっかりミスには気をつけましょう!



アフリカの民話14 豆畑


語り手 「パウクァー」  (お話始めるよー)
聞き手 「パカワ」  (はーい) 
 
ハポ ザマニザカレ(むかしむかし、あるところに)男がいました。
男には、妻ビキキントゥがいたのですが、三年後に、二番目の妻ビタラブシをもらいました。

男は、二番目の妻ビタラブシにも、一番目の妻ビキキントゥと同じ大きさで、同じ形の家を建て、同じ大きさの畑を与え、一日おきに二人の妻の間を行き来して、どちらの畑にも、同じ種類の豆の種を、同じだけまき、同じように豆畑を耕して暮らしていました。

不思議なことに、二番目の妻ビタラブシの豆畑は、いくら大事に育てても豆がなりません。小さな豆がやっとついてきたかなと思っていると、いつのまにか豆がそっくり消えているのです。

きんとき豆をまいたときもそうでした。
いんげん豆をまいたときもそうでした。
男は、ビタラブシを問い詰めました。

「どうしてお前の畑は、豆がとれないんだ」
「私にもわかりません。きっと畑に、悪い虫がいるのでしょう」
「とにかく今度の豆は、絶対に収穫できるよう、畑をよく見張っておくんだぞ」

男はそう言うと、うずら豆を畑にまいていきました。

ビタラブシは、夜も寝ずに、豆畑を見張っていましたが、男がビタラブシの家で眠った翌朝、またもやふくらみかけていた豆が、全部なくなっていました。

「きんとき豆や、いんげん豆だけでなく、お前は、うずら豆もだめにしてしまったのか!お前は、なんてだめな女なんだ!」

男は怒って、ビタラブシを豆畑の隅っこに連れて行くと、大きな穴を掘らせ、その穴にビタラブシを突き落とすと、土をかぶせて、一番目の妻、ビキキントゥの元に行ってしまいました。

 ビキキントゥは、男がビタラブシを生き埋めにしたと聞くと、こっそりその場所に行って、穴の前で楽しそうに踊りました。

♪私と同じ夫を持つ奥さんよ。
 あんたはもう穴の中。
 あんたのために踊ってあげよう。
 ヒャーヒャーヒャー♪

すると、今度は、穴の中から歌声が聞えてきました。

♪あんたね、あんたね。
 私とあの人の、大事な豆畑をだめにしたのは。
 それを知らないあの人は、私を穴に埋めてしまった。
 きんとき、いんげん、うずら豆、大事な大事な豆畑♪

その歌を聴くと、ビキキントゥはもっと喜んで、大きな尻を振りながら、激しく踊りました。

♪そうよ、そうよ。
 あんたと私は、同じ夫を持つ妻同士。
 同じ家に、同じ畑、同じ夫が一日おきにやってくる。
 でも、あんたがいなけりゃ、あの人は私だけの夫。
 きんとき、いんげん、うずら豆、大事な大事な豆畑。

 豆さえできなきゃ、ただの空き地。
 あんたは豆の代わりに殺されて、
 あんたは豆畑に埋められた。
 あんたの墓は豆畑、さぞかし嬉しいことでしょう。
 ヒャーヒャーヒャー♪

ビキキントゥは、それから毎日家を抜け出して、ビタラブシが埋められた場所に行っていました。ビキキントゥが毎日出かけていくのを不審に思った男は、一週間目に、妻の後をこっそりつけて行きました。

何も知らないビキキントゥは、いつものように、ビタラブシが埋められている穴の前に行くと、カンガ(布)を腰に巻いて踊りだしました。

♪私と同じ夫を持つ奥さんよ。
 あんたはもう穴の中。
 あんたのために踊ってあげよう。
 ヒャーヒャーヒャー♪

すると、今度は、穴の中から、かぼそい歌声が聞えてきました。

♪あんたね、あんたね。
 私とあの人の、大事な豆畑をだめにしたのは。
 それを知らないあの人は、私を穴に埋めてしまった。
 きんとき、いんげん、うずら豆、大事な大事な豆畑♪

その歌を聴くと、ビキキントゥはもっと喜んで、大きな尻を振りながら、激しく踊りました。

♪そうよ、そうよ。
 あんたと私は、同じ夫を持つ妻同士。
 同じ家に、同じ畑、同じ夫が一日おきにやってくる。
 でも、あんたがいなけりゃ、あの人は私だけの夫。
 きんとき、いんげん、うずら豆、大事な大事な豆畑。

 豆さえできなきゃ、ただの空き地。
 あんたは豆の代わりに殺されて、
 あんたは豆畑に埋められた。
 あんたの墓は豆畑、さぞかし嬉しいことでしょう。
 ヒャーヒャーヒャー♪

二人の歌を聴いて、男はやっと真実がわかったのです。

男は、踊っている一番目の妻ビキキントゥを突き飛ばすと、すごい勢いで穴を掘り返し、体中うじ虫だらけになって、目もつぶれ、手足が腐った二番目の妻ビタラブシを助け出すと、一番目の妻ビキキントゥを、穴の中に蹴り落として家に帰りました。

男の必死の介抱で、ビタラブシは、なんとか命を落とさずにすみました。

きんとき、いんげん、うずら豆。男は二番目の妻ビタラブシと豆畑を、自分が死ぬまで大事にしながら暮らしましたとさ。 

豆畑の話は、これでおしまい。気に入ったなら持ってきな。いらなきゃ森にすてとくれ。
語り手 ビメジャ


今回は、ペンバ島から遊びに来ていたビメジャおばあちゃんから聞いたお話です。
楽しい語り口から、豆畑を舞台に展開したのは、10 「屁こき女房」 に続いて、2人の妻をめぐる壮絶なお話でした。

2人の妻を持つ男は、2人の妻に均等に豆畑を与え、しっかり耕して、豆をたくさん収穫するよう命じます。

日本の食卓では、豆はおかず。しかし、アフリカでは、煮豆そのものが主食です。つまり、豆さえあれば、食べてはいける。でも、豆の収穫がなければ、主食にも事欠くという状態になってしまうのですから、二人の妻が、一生懸命豆を育てていたのもうなずけるでしょう。

そして、もう一つ、畑は、大地につながる母性像、そして、畑に蒔く豆は夫、つまり父性像、収穫した豆は、子供像の象徴としても考えられますから、豆がとれない(子供が産めない)というのは、妻にとって一大事だったことが、よくおわかりになるでしょう。

そう考えると、何度か繰り返し出てくる「きんとき、いんげん、うずら豆」という三種類の豆は、三人の子供と考えることもできそうですね。

とにかく、そんな大切な豆だからこそ、夫の愛情を独り占めするために、相手の豆畑さえ荒らしてしまえばいいと考えた一番目の妻ビキキントゥの策略が、まんまと成功して、夫は、豆を育てることができない二番目の妻ビタラブシを、生き埋めにしてしまいます。

ここでちょっと、「生き埋め」ということについて考えてみましょう。
10 「屁こき女房」 のビタラブシは、夫によって、叩き殺されてから埋められましたが、この「豆畑」の登場人物ビタラブシは、夫によって生き埋めにされてしまいます。

そこから毎日恨みの歌を歌うのですが、生き埋めにされ、その中で、体を腐らせながらも生きていたビタラブシの生命力も、すごいと思いませんか? きっとビキキントゥへの恨みの念が強く、悔しくて悔しくて、とても死ねなかったのでしょう。

また、善者が生き埋めにされながらも、穴の中から歌を歌い、最後に助かるという筋書きは、ザンジバルの昔話にはよくあるパターンです。

ところで、ここザンジバルの埋葬法は土葬。日本のように、死体を燃やし、骨にして埋めるという火葬の習慣はありません。
土に埋める=死者ということですから、このお話に出てくる夫は、ビタラブシを埋めた時点で、ちょっとしたお仕置きで穴に放り込んだのではなく、妻を死者にした、つまり、はっきり殺意があったということになります。

となると、事情がわかった夫に助け出されたビタラブシは、理由はどうあれ、一度は自分を殺そうとした夫と、本当に幸せに暮らせたのでしょうか? 私なら、二度と一緒に暮らしたくないですけどね。

10 「屁こき女房」 の中でもそうでしたが、この 「豆畑」 でも、二人の妻の間で、一人の夫をめぐる嫉妬や殺意が、常に女性同士の間だけで戦わされています。そして男は、お話の中で一番理不尽なことをしているように見えるのに、そこには一切ふれられずにストーリーが進んでいくところが、私の中に、もやもやの残る原因なのですが、そこが、日本人の私と、ザンジバルの人たちとの結婚観や、男性観のちがいということなのでしょう。

ビメジャおばあちゃんの、「きんとき、いんげん、うずら豆。男は、二番目の妻ビタラブシと豆畑を、死ぬまで大事にしながら暮らしましたとさ」という明るい締めくくりの一言と、私の気持ちには、大いにずれがあったのですが、読者の皆さんは、どんな感想をお持ちでしょうか?



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