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タンザニア便り


No.71「あっぱれ、パイナップル人生」(2004.11.29)

No.72「全国ふるさとフェア2004参加レポート」(2004.12.5)


No.73「サバサバ柔道杯2004」 (2004.12.12)

No74.スマトラ地震から派生した津波の影響(2004.12.29)


No.71「あっぱれ、パイナップル人生!」


 ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
 ザンジバルは、無事ラマダーン(断食月)も明け、日常が戻っています。
 日本と反対に、真夏の暑さに加えて、小雨季のせいで湿気も多く、けっこう体にこたえますが、雨上がりの青空はすばらしく爽快、かつ豪快で、気持ちも晴れ晴れしてきます。
 
 本格的な暑さの到来に伴って、市場の果物もすっかり様変わりしました。
 オレンジはすっかり姿を消し、マンゴー、ジャックフルーツ、パイナップルが台頭中。特に今はパイナップルが食べごろです。
 
 ザンジバルのパイナップルが、いかに甘くておいしいかということは、
便り55「名もなき果実、パイナップル!」でたっぷりお話したので、今日は、違う角度からパイナップルを紹介したいと思います。
 
 パイナップルの特徴は、1つの株に、1つの実しかつけないこと。
 パイナップルの実は、つくつくした剣状の、固くて大きな葉に守られて育ち、1年かかって、まっすぐな太い茎の上に、たった1つだけ実をつけます。
 
 そして、たった1つの実をつけたら、パイナップルの親株は、そこで寿命を終えるのですが、バナナと似ていて、親株が死んでも、子株が残り、そこからまた実がなります。
 
 バナナと違うのは、パイナップルの子株は、パイナップルの果実の上にも下にもあることです。
 
 パイナップルの実の上にある冠状の葉も、実は子株。
 皆さんが、パイナップルの芯と思っている部分が、実は茎。
 つまり、パイナップルの果実の中心を、茎がずぼっと突き抜けていて、・・・というより、この果実自体が、本来は、茎の周りに、排列した小果実の付け根がお互いにくっつきあって、多量の果汁を含む1つの集合体になったもので、その上にもまた子株があるというわけです。
 
 だから、パイナップルを丸ごと買って、皮を剥くときに、普段皆さんが捨ててしまっている、冠状の葉がついた果実の上部をスパッと切り落としたものを、そのまま土に植えておけば、そこから根が生えてきて、またパイナップルがなるんですよ。

(写真は、我が家のベランダで大きく葉を伸ばしているパイナップルです。→実を食べた後、上部をずぼっと植木鉢に植えておいたら、こんなに育ってしまいました→まだ実はつけていません)
 
 そして、果実を下から守っていた剣状の葉たちが、実は子株でもあるのです。
 親株の下に生えている複数の子株は、そのまま植えっぱなしにしていては、栄養が行き渡らず、質の悪いパイナップルしかできないので、農家の人は、親株からなった実を収穫した後に残された子株は、間引きしたり、場所を変えて植えなおしたりして、育ちやすい環境を整えてやるのだそうです。
 
 とにもかくにも、親株は、たった1つの実を実らせると、自らの頭の上と体の下の両方に子株を残して、見事パイナップル人生を終わるというわけです。
 
 大きく硬いパイナップルの葉が、中心にある果実を被い囲うような形状は、王様を守るために、鎧で身を固めた騎士のよう・・・ということは、前回お話しましたが、そんなパイナップルの葉のとげとげしさに、柔らかい草を食む牛やヤギは、素通りです。
 
 だから、パイナップル畑は、あまり動物にあらされることはありません。たった1つの実を、1年間守るためには、これぐらい重装備をしなくては、とてもおっつかないのでしょう。
 
 でも、実が生りだすと、猿や大ねずみなどの小動物たちが狙いにきます。賢く、手の使える猿や大ねずみにかかっては、重装備の騎士(葉)たちもお手上げです。そこから先は、毎年農家の人々と、動物たちの知恵比べが繰り広げられています。
 
 ところで、この硬くて、とげとげのパイナップルの葉。
 どうにも使い様がなさそうですが、農家の人にかかっては、作物に捨てるところなどありません。ザンジバルでは、パイナップルの葉を、こまかく切って、他の草と混ぜて、牛に食べさせます。
 
 ハミシィさんによれば、
 「人間だって、何が食べられるか、親に教えてもらって育つだろう。牛だって、パイナップルの葉の味を教えてやれば、ちゃんと食べるのさ」
 とのこと。
 なるほど、牛にも、教育が必要なんですね。
 
 また、他の熱帯地域では、葉から繊維をとって利用することもあり、フィリピンや太平洋のマリアナ諸島では、パイナップルの繊維で織った布で、礼服を作る習慣があるそうです。
 でも、繊維採集の目的でパイナップルを栽培する場合は、果実を若いうちに取り去ってしまうんですって。
 
 うーん・・・なんだかもったいないような・・・パイナップル製の服を着るより、パイナップルの実を食べたいと思ってしまう「花より団子派」は、私だけでしょうか?
 
 ということで、いつか皆さんもザンジバルに来られたら、芯までおいしいパイナップルを味わってくださいね。
 
 もし、選ぶのに自信がなければ、買い物籠を下げたおじさんに、お願いしてみてください。
ザンジバルでは、市場に来ている中年以上の男性なら、たいていがフルーツ選びの名人ですから、きっと、大はりきりで、食べごろのパイナップルを選んでくれるでしょう。

 それでは、最後になぞなぞです。
「名前のないくだもの、なーんだ?」
わからない方は、便り55「名もなき果実、パイナップル!」をご参照ください。

 ということで、今日はこのへんで。
日本は、本格的に寒くなっていることと思いますが、お体に気をつけてご活躍ください。
 次回の便りまで、GOOD LUCK!! 
            2004年11月29日  
                  ムナワルこと 島岡由美子拝







 
 

便り72.「全国ふるさとフェア2004参加レポート」




ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
ザンジバルは、雨季が続いており、毎日3回は、雨が降っていますが、日本はいかがでしょうか。

ところで、大変唐突ですが、先月11月6日&7日、アフリカフェ輸入元トロワは、全国ふるさとフェア2004に参加しました。私ムナワルも、タンザニアからこのイベントに合わせて来日し、はりきって参加してきたので、今日は、そのときの模様をお伝えします。

場所は、横浜赤レンガ倉庫前のイベント広場。小春日和のいいお天気の中、人出も多く、ずらりと並んだ各テントで、約120の自治体、団体がそれぞれ自慢のふるさとフードやグッズをたくさん並べて、試飲試食、販売ありの楽しい2日間でした。

私たちトロワは、赤レンガ倉庫2号館に向いている国際ゾーンで、「よろずあふりか」さんほか、アフリカ関連ショップと合同参加。

トロワからは、タンザニア産インスタントコーヒー「アフリカフェ」や、東アフリカの生活に密着した「カンガ」や「キテンゲ」といった布製品。ほかのショップからも、お茶やフルーツジュースをはじめとする飲料のほかに、東西南アフリカ各国からのアクセサリー、楽器、工芸品などなど、さまざまなアフリカ雑貨が所狭しと並べられ、テントの中は、まさにアフリカムード。たくさんの方々に「ご来テント」いただき、アフリカ空間を楽しんでいただきました。

<アフリカフェ・クッキー大好評!>
このイベントでは、「アフリカフェクッキー、ナッツ入り」がおいし〜い!と大好評!
アフリカフェクッキーは、先月大阪城公園で開かれたイベント「第6回市民フェスタおおさか」からデビュー。イベントのお楽しみ商品として活躍中です。
今回は、横浜市にある「セサミ香房」で焼き上げた、甘さ控えめ、さくさく、しかも、原材料(→アフリカフェ、国内産無農薬小麦粉、地鶏卵・・・)までこだわった本格派クッキーでした。

また、遠方からこのイベントにきて、アフリカフェ・クッキーをお買い上げいただいた方々から、後日、メールや掲示板にて、「アフリカフェ・クッキー、もっと食べたい!」のうれしいリクエストをいただいたので、早速オンラインショップにて、限定販売したところ、こちらも完売!
皆様、ありがとうございました。





<全国ふるさとフェア2004会場風景>
さて、この「全国ふるさとフェア2004」は、平たく言えば、日本全国の特産展といった感じのイベントで、北海道から沖縄まで、全国津々浦々の名産品、特産物がずらりとそろって、食欲の秋にぴったりのイベントでした。

「りんご祭り2004」と称して、青森県、秋田県、長野県、山形県、福島県、岩手県が横並びとなったテントで、4個300円で一斉にご自慢のりんごの売り出し。
もちろん、りんごの試食あり、ミス○○○など、きれいどころの登場や、りんごがあたる抽選もあり、りんごの形のかわいい風船も配られ、大人も子供も大いに楽しめる企画だけあって、大人気。
どのテントの前も長い列ができていて、私がお昼過ぎに見に行ったときには、青森りんごがいち早く完売していました。さすがは青森りんご!

「汁物対決」と銘打たれた一角には、茨城県東海村の「いもすいとん」埼玉県深谷市の「煮ほうとう」、大分県諸方町の「さぶろう鍋」、富山県八尾町の「おわら桑娘そば」高知県池川町の「土佐ジロー鍋」などなど、鍋物自慢がならび、発泡スチロールの器で、一杯売りしていて、こちらも大人気。テントの前には、立ち食い組も大勢いて、普段食べられない珍しい鍋物に、舌鼓を打つ姿がたくさん見られました。

いのししの肉を使う「さぶろう鍋」のテント前には、小さないのししの剥製が、お客様をWelcomeしていました。
この「さぶろう鍋」は、平家の大宰府落ちを阻止したことで有名な郷土の武将、緒方三郎惟栄(おがたさぶろうこれよし)にちなんで、名づけられたものだそうです。

北海道の新鮮なホタテが、網の上でジュウジュウ音を立てているかと思えば、能登のカキがずらりと並び、愛知県出身の私ムナワルにとってはなつかしの、豊橋名産ヤマサのちくわまであって、嬉し懐かし。歩いて眺めているだけで、日本一周しているような気持ちになりました。

私も、一通り食べ歩きを楽しみましたが、飛騨高山のみたらし、善光寺門前のおやき、木曾のこんにゃく玉など、後で考えると、なんとなく子供のころの思い出につながるものばかりを選んで食べておりました。どれも、なつかしくておいしかったな〜。

たくさんのおいしい名産物とともに、お祭りムードを盛り上げる射的やくじ引きなどもあって、親子連れで楽しむ風景が、ほほえましかったです。



<カンガ(布)を楽しもう!>
日本一周ゾーンの奥には、国際ゾーンのテントがずらり。
トルコ、カナダ、フランス、イギリス、韓国、中国、オーストラリアにまじって、我らがアフリカテントがあり、大いに賑わい、楽しい2日間となりました。

トロワのブースでは、アフリカフェとアフリカフェ・クッキーのおいしいものコンビのほかに、今回初登場のカンガやキテンゲといった布製品も並べていたのですが、布は、広げてみないと、なかなか雰囲気がわからないので、ご要望があると、テントの外で布を広げて、お客様に柄や色合いを確かめていただきました。

天気のいい、広い野外のイベント会場で、アフリカの布が大きくはためくたびに、
「わあ、きれい!」
「すてきな色ね」
と、あちこちで声が上がりました。

カンガは、縦110センチ、横160センチの長方形。使い勝手のいい大きさです。

カンガの使い方は、いろいろ。テーブルクロス、バスタオル、カーテン、壁掛け、ふろしき、巻きスカート・・・。夏の暑い日は、タオルケットのかわりに、カンガをかけて眠れば、安眠間違いなし。海で泳いだ後、華やかなカンガでさっと身を包むのも素敵ですね。
洗うほどに、やわらかくなる綿製品ですから、赤ちゃんのシーツやおくるみなどにもぴったりです。

カンガ1枚あるだけで、驚くほどたくさんの使い方ができるので、私は、旅行に行くときも、必ずお気に入りのカンガを持参します。

写真の中で、にっこり微笑むこの女性は、トロワ・ジャパンで活躍中の住谷弘子。
彼女も大のカンガ党で、今回はカンガをエプロン代わりに巻いて、お客様をお出迎えしました。
(1枚のカンガを巻くだけで、ポケットつきのエプロンに早がわり!)

ところで、このカンガには、1枚1枚ことわざやメッセージが書かれていて、タンザニアの人は、カンガの柄だけではなく、その言葉にこだわって選び、身に着け、そのカンガをさりげなく見せることで、心の中にあるメッセージを相手に伝えます。

9月中旬に、テレビの「世界不思議発見」の中でも、カンガに秘められたメッセージのことが紹介されたばかりだったこともあって、日本語に訳しておいたカンガの言葉に関心をもたれた方が多く、

「あっこれ、カンガっていうんでしょ。この前テレビで見たよ」
「本当に1枚一枚違う言葉が書かれているんですね」
「あれ、日本と同じようなことわざがある。タンザニアの人も同じようなこと考えるんだなあ」
・・・などなど、カンガのことから会話が弾みました。

<赤レンガ倉庫前>
ところで、今回の会場となった「横浜赤レンガ倉庫前イベント広場」の「赤レンガ倉庫」は、明治末期から大正初期に国の模範倉庫として建設されたレンガ造りの歴史的建造物。

『ハマの赤レンガ』と呼ばれ多くの横浜市民に親しまれてきたこの倉庫を、貴重な歴史的資産として保存し、また市民の身近な賑わい施設として活用するため、横浜市が改修工事をして、2002年4月より、 『港の賑わいと文化を創造する空間』として活用されています。

イベント会場の場所説明を見たとき、「横浜赤レンガ倉庫前」っていうだけで、わかるのかな?と思ったのですが、地元横浜の方だけでなく、遠方の方々にとっても、その一言で通じるほど、有名な場所だったようで、驚きました。知らぬはタンザニアに住む私、ムナワルだけだったようです。

ということで、今回のイベントでは、久しぶりに日本の皆様に直接お会いして、アフリカフェのこと、カンガのことなどお話しながらの2日間、とても楽しく充実したときとなりました。また、トロワ・ジャパンと一緒に、あーでもない、こーでもないと会場作りからかかわったのもよき思い出です。広い会場の中、アフリカブースにお越しいただいた皆々様、どうもありがとうございました。

定例化してきた店舗でのアフリカフェ試飲会とは違って、イベントでは、アフリカフェ初体験の皆様が圧倒的に多く、
「飲み心地がすっきりしているのね」
「えっこれインスタントなの?レギュラーコーヒーかと思った」
などなど、新鮮な反応をうれしく思うとともに、「アフリカフェ、知ってる」派の方々が増えていただけるよう、もっともっとがんばらねばと、トロワ・ジャパンとともに、心新たにしました。

私たちトロワ・タンザニアは、その後、タンザニアに戻り、またアフリカフェの製造管理のため、タンザニアの人たちとともにすごしていますが、トロワ・ジャパンはその後も、精力的に日本各地での試飲会やイベントを重ねています。
皆様も、お近くでのアフリカフェ関連イベント開催の際は、お気軽にお立ち寄りください!

ということで、今日は、横浜で開催されたアフリカフェ関連イベントの様子をお伝えしました。
師走に入って、何かと気ぜわしい日々をお過ごしのことと思いますが、お体に気をつけてご活躍ください。
それでは、次回の便りまで、GOOD LUCK!!
                           2004年12月5日
                               ムナワルこと 島岡由美子拝








便り74.サバサバ柔道杯2004


ジャンボ!アフリカフェフレンドのみなさん、お元気ですか?
先日、友人から京都嵐山の秋の紅葉写真つきメールが届き、またしてもパソコン画面いっぱいに写真を広げて、日本の美しい風景を楽しんでいます。それにしても、12月10日前後でまだ紅葉とは・・・今年の日本は本当に紅葉が遅かったのですね。

さて、今日は、「サバサバ柔道大会って、毎年恒例のはずだったのに、今年はやらなかったんですか?」というお便りをいただき、サバサバ2004のことをお知らせするのを忘れていたことにはたと気がつきました。
お便りを下さったKさんはじめ、柔道に関心のある方々、すみませんでした!!!
ということで、今日は、月日のねじを5ヶ月巻き戻して、サバサバ柔道杯2004の模様をお伝えします。

日本の七夕、7月7日は、タンザニアの商業祭。数字の7のスワヒリ語読み「サバ」を重ねて「サバ・サバ」の日として定着しており、毎年7月7日を挟んだ10日間に渡って、ダル・エス・サラーム郊外にあるサバサバ会場で、各国&国内外各社のパビリオンが立ち並び、国際貿易フェアが開かれます。

サバサバは、商品の展示だけではなく、各国の文化の紹介やタンザニアにある各団体の活動や、研究発表の場でもあります。
日本からは、日本大使館主催で、今年もサバサバ柔道杯2004『JAPAN JUDO CUP-SABASABA2004』が催されました。

この日本大使館主催サバサバ柔道杯は、日本文化として、柔道を紹介することと、タンザニア国内の柔道家達が、揃って技を競う機会を作るという目的で、2000年から続いている大会で、「柔よく剛を制す」、「自他共栄」、「精力善用」といった柔道精神も含めて、タンザニアの人々に紹介する意味で、毎年「体重別」ではなく、「無差別」で試合が行われています。

今年は、サバサバの初日を飾って、6月30日、ザンジバル16人、ダルエスサラーム16人、合計32名でトーナメント戦が行われました。
結果は、
優勝、  ハマディ・シャーメ(73kg)・・・ザンジバル
準優勝  アリ・ジュマ(60kg)   ・・・ザンジバル
3位    ハジ・ハッサン(81kg) ・・・ザンジバル

今回は、今年5月のアフリカ柔道選手権(チュニジア)で初勝利を納めて、波に乗っていたハマディ・シャーメ(写真中央)が、タンザニア国内の無差別級選手権、サバサバ柔道杯で初優勝を飾りました。

ハマディは、国内の無差別級選手権で何度も入賞はしていたものの、優勝したのはこれが初めて。去年のサバサバのときも優勝候補に挙げられながら、3位に終わっていたので、今年のサバサバにかける意気込みは誰よりも強く、練習も人一倍熱心でした。

念願かなって、2004年度サバサバチャンピオンの座を射止めたハマディは、優勝カップを手に、満足というより、ほっとした表情をしていたのが印象的でした。

2位のアリ・ジュマ(写真向かって左)は、試合直前に右肩を痛めながらも、きっちりと左の背負い、内股を武器に、全試合一本で決勝まで上がりましたが、最後には、ハマディとの練習量の差が出たという感じで、途中で有効を1つとられたまま、ポイントを取り返せずに終わってしまいました。
ところで、このアリ・ジュマ、昨年のサバサバ柔道杯のときは、新婚ほやほやでしたが、今年のサバサバでは、パパになりたてでした。(サバサバ柔道杯の数日前に、女の子誕生!)

3位のハジ・ハッサン(写真向かって右)は、切れのいい払い腰を持っているのですが、今大会中一度もそれが出せず、寝技に頼ってしまったものの、何とか勝ち星を重ね、3位の座をもぎ取りました。ハジ・ハッサンは、ザンジバル警察チームのキャプテンも勤めているので、彼が昨年の優勝者、ベテランのアブダラを破って準々決勝に上がったときは、警察チームの新人達も大喜びでした。

ということで、ザンジバルの1、2、3位独占という結果となりましたが、今年は、ベスト4の一角に、初めて本土チームのサンバカ・ムペンダが入ったので、本土勢も最後まで活気づき、観客も大いに喜んで、応援合戦も、例年以上に盛り上がりました。

今回の来賓席には、新しくタンザニアに赴任されたばかりの池田日本大使を中心に、タンザニア本土側の文部省の副大臣ムズヒリ氏以下、タンザニアスポーツ界の主な役人が、ずらりと並んでいたのですが、無差別級大会にもかかわらず、60kg以下のアリ・ジュマと73kg以下のハマディ・シャーメが決勝戦にあがったことで、彼らとほかの選手の実力の差が浮き彫りになり、なぜザンジバルの彼ら2人だけが、このところ、国際大会に連続出場しているのかを、アピールする結果となりました。

文部大臣代行として、オールアフリカンゲーム、オリンピックなど大きな国際スポーツ大会には、タンザニアチームの代表として、必ず同行しているムズヒリ副大臣は、大のスポーツ好き、かつスピーチの名手。

ジョークと激励を交えた楽しいスピーチと、大会運営がお粗末なスポーツ大会にも出向いたときにでも、けしておこったりせず、楽しそうに大会を見守り、気さくに選手たちの声をかける人柄から、タンザニアで人気のある官僚の一人です。

このムズヒリ氏と我々柔道チームは、マンチェスターで開かれたコモンウェルス大会や昨年ナイジェリアで開かれたオールアフリカゲームでも一緒だったので、気心知れた仲同士。

ムズヒリ氏は、開会式のスピーチでも、閉会式のスピーチでも、マイクをつかむと同時に、アントニオ猪木ばりに、柔道ナショナルコーチである島岡代表に向かって「シマオカよ!俺とジュードーで勝負しよう!」と名指しし、島岡代表もそれを受けて「よし、やるか!」と前に出て行くそぶりを見せるものだから、会場は大爆笑。
そこから、柔道とはなんぞやの話にうまく展開していくスピーチの絶妙さは、いつもながら、たいしたものと感心しました。



ザンジバルに帰った翌日、普段どおり、おっとりとした熊のプーさん顔で、一番に道場にきて掃除をしているハマディに、私ムナワルから、一問一答形式でインタビュー。

ムナワル:「優勝おめでとう!無差別級大会での優勝の味は?」
ハマディ:ほうきをもったまま、えへへと笑って、
「優勝の味は、やっぱり今まで味わった中で最高にうまかったよ。肉のたっぷり入ったシチューよりもね。
でも、いつかは国際大会で勝ちたいね」

ムナワル:「サバサバ優勝カップ、誰に一番に見せましたか?」
ハマディ:「露天商をやっている仲間たちさ。船でザンジバルに着いて、家に帰る前に仕事場によって、仲間たちに見せたよ。いつも彼らが一番応援してくれているからね」

とのこと。遠征先でも毎回仕事仲間用にお土産を買っているハマディらしい答えが返ってきました。
今大会は、誰よりも練習熱心なハマディ・シャーメが、初優勝を飾ったことは、みんなにとっていい教訓になったと思います。

サバサバ柔道杯2004の後、9月には、タンザニア全体の柔道レベルアップを図るため、タンザニア本土チームとザンジバルとの合同合宿をザンジバル武道館で行いました。そのときの本土チームの「今年中にもう一度キャンプをしてほしい」とのリクエストに応え、明日12月13日〜19日まで、再び本土チームを招いての合同キャンプを張ることになっています。

また、大人の部だけでなく、ザンジバル・ヤングスターズの面々もはりきって、練習に励んでいます。2002年のヤングスターたちも、背がのび、声変わりが始まった子もちらほら。その後にも続いて、新しいおちびちゃんたちも入ってきています。またいつか、ザンジバルの柔道少年たちの話題もお伝えしますね。

ということで、今回は、久しぶりに柔道の話題をお伝えしました。
今年も押し詰まってきましたが、2004年が最後の一日までよき日々となりますように。
皆様のご健康とご活躍を、ザンジバルの真っ青な空の下より、お祈り申し上げます。
GOOD LUCK!!
       2004年12月12日
               ムナワルこと  島岡 由美子拝









No74.スマトラ地震から派生した津波の影響



ジャンボ!
2004年も、残すところ、本当にわずかとなりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、大変唐突ですが、インドネシアのスマトラ島沖で12月26日に発生した大地震から派生した津波の影響は、インド洋沿岸諸国だけにとどまらず、アフリカ大陸東岸にまで達し、ソマリア、ケニア、セーシャルなどで死亡者や行方不明者が出たようですが、幸いなことに、タンザニア本土も、私たちの住むザンジバルも、被害は出ていません。

地震&津波発生以来、メール、電話、FAXが相次ぎ、タンザニアは津波の影響はなかったですか?大丈夫ですか?と多くの方に気遣っていただきました。タンザニアは、ザンジバルとともに、津波の被害なしのご報告とともに、皆様のあたたかいお心遣いに心からお礼申し上げます。

ザンジバルでは、27日の夕方、不気味に海の水が大きくひいては、押し寄せること十数回。
ハリケーンとも違うこのような海の動きに、何事がおきたのかと、漁業関係者以外の人たちも海辺に集まり、不思議そうに海を見つめていました。

また、外海に面するザンジバルの北や東海岸の一部では、不穏な海の動きに対して、緊急避難した村もあったようですが、幸い被害には至りませんでした。
翌日になって、あの不気味な海の動きが、遠いスマトラでおきた地震の影響だったと知って、大変驚いた次第です。

今年は、日本も、台風や大地震など天災による被害が大変多かったこともあり、今回のスマトラ地震のことも、外国でおきたことではあっても、わがことのように感じ、心配されておられる方々が多いのではないでしょうか。
私たちも、ザンジバルという島で、海から歩いて5分のところに住んでいますので、特に津波に関しては、本当に人ごととは思えません。

また、スマトラでおきた天災の影響のあった地域を知ることで、かつてインド洋の季節風(貿易風)に乗って、アラブ、アフリカ、アジアと広大な交易航路が開かれていった経緯を思い起こすとともに、アフリカ東海岸地方は、アフリカ大陸とはいえど、インド洋世界でもあることをあらためて感じました。本当に、海も、世界も繋がっていることを、改めて教えらた思いです。

私の住むザンジバルも、インド洋に浮かぶ島ですが、このように、アフリカに属しながらも、インド洋に浮かぶ島はたくさんあります。

昨年、今年と柔道の遠征に行ったモーリシャスなど、地図で見ると、アフリカ大陸からずいぶん離れているのですが、アフリカの国の1つになっています。

モーリシャス国際柔道大会には、セーシャル、マダガスカル、ロドリゲス、レニオン・・・といった島々の選手も参加していたので、今回の津波のニュースを知ったとき、島の柔道選手の顔が、次々に浮かびました。

年末におきたこの大天災で、年の瀬を、悲しみの中でお過ごしになっている方々が、世界中にたくさんおられることを思うと、大変心が痛みますが、皆々様が、平和で幸多き2005年を迎えられるよう、ザンジバルの真っ青な空の下より、お祈り申し上げます。


        2004年12月28日 ムナワルこと  島岡由美子拝

<追記>
これをアップした時点では、タンザニア本土もザンジバルともに被害者なしとのことでしたが、その後、タンザニア本土に近い海で、波にのまれた漁業関係者25名の死亡が確認されたとラジオ、テレビで発表されました。
1〜2人乗りの小さな丸木舟での漁の最中に波にもっていかれたとのこと。少人数のローカル船なので、安否の確認が遅れていたようです。
不幸中の幸いとして、ザンジバルの漁関係者には、遭難者はでていない模様です。
このたびのスマトラ沖地震&津波の被害で、タンザニアも含めて各国で亡くなった方々のご冥福を、心からお祈りします。

今年も本当にいろいろなことがありましたが、一日一日を大切に、明日への希望を持ってすごしたいと、あらためて思う2004年の年の瀬です。
        2004年12月29日



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