特集 8th ALL AFRICA GAMES Abuja 2003
    ―アフリカ大陸のオリンピック―



1.オールアフリカゲームズって何?(What is the All Africa Games?)
2.ボクシング篇(Boxing)
3.障害者篇(Disable)
4.陸上篇(Athletics)
5.柔道篇(Judo)


1.オールアフリカゲームズって何?(What is the All Africa Games?)

ジャンボ!アフリカフェフレンドの皆さん、お元気ですか?
日本は、美しく、美味しい秋になっていることと思います。私のほうは、第8回オールアフリカゲームズのため、3週間ほど西アフリカのナイジェリアの首都、アブジャに行っており、毎日38度から40度の暑い日々を過ごしていました。

このオールアフリカゲームズ(ALL AFRICA GAMES)は、アフリカ大陸のオリンピックと称され、4年に1度開かれるアフリカ大陸内の総合競技大会で、1965年に、第一回がコンゴのブラザビルで開催されて以来、今回で8回目、ナイジェリアで開かれるのは、1973年第2回目のラゴス大会以来、30年ぶりのこと。

10月4日〜18日の開催期間中、52カ国、7,000人の選手団が一同に会し、23種目の競技で、アフリカ1を競い合いました。

この大会は、基本的には、4年に1度開催されることになっているのですが、途中で開催予定国の技術的、資金的問題などによって開催が年単位で延期になったり、開催予定国で紛争がおきて取りやめになったりといった様々な事情があって、なかなかそれが守られなかったものの、1978年第3回アルジェリア、アルジェ大会から約9年間のブランクの後で開かれた1987年第4回ケニア、ナイロビ大会以降は、1991年第5回エジプト、カイロ大会、1995年第6回ジンバブエ、ハラレ大会、1999年第7回南アフリカ、ジョハネスバーグ大会と順序良く開催されてきました。

さて、今大会開催国のナイジェリアは、「ジャイアント アフリカ」とも称され、日本の約2.5倍の国土923,768.64平方kmと、人口一億2千万人を有する大国で、石油が国の経済を支える主要な輸出資源。ハウサ、ヨルバ、イボというそれぞれの言葉と文化を持つ3つの民族から構成されています。公用語は英語、宗教はイスラム教とキリスト教が半々で、後は土着宗教。

国名の語源は、River Nigerから。ナイジェリアでは、首都が、治安の悪さで有名なラゴスから内陸部のアブジャ(1991年12月遷都)に移っていたのですが、私は、この大会に参加するまでアブジャという街の名前すら知りませんでした。

ということで、我々タンザニアチームは、このアブジャに向けて、ダルエスサラームを9月30日に出発。

当初はケニア航空を使って、ナイロビ経由で行く予定だったのですが、ケニアの選手団と重なって、満席で予約がとれず、急遽エチオピア航空で、アジスアベバ経由となり、どたばたの中での出発でしたが、そのおかげで私は生まれて初めてエチオピアにも降り立つことができ(行きも帰りも一泊ずつ)、おまけ付きの旅となりました。

選手村



さて、アジスアベバからラゴスに着いたところまではよかったのですが、ラゴスからアブジャまでの国内便事情が悪く、快適とは言いがたい国内線用空港待合室で待つこと7時間、やっとアブジャ行きの飛行機に乗ることができました。

アブジャの町から数キロ離れたところに、青、赤、緑と色鮮やかな屋根が印象的な2階建ての総合住宅が整然と並ぶ新興住宅街が見えてきたなと思ったら、そこが今回の大会用に建てられた選手村でした。

この選手村、外観はよかったのですが、突貫工事がまだ終わってなく、あちこちで、水道工事、エアコン取り付け作業、電気工事がおこなわれていて、私がふりあてられた部屋も、電気の配線ミスで真っ暗。アブジャ到着第一日めは、闇夜の部屋で過ごす羽目になりました。

選手村は、開催国ナイジェリアの900人を筆頭に、エジプトから550人、飛行機5台を借り切って直行便を飛ばして乗り込んできた南アフリカ480人、それに続いて、アルジェリア、カメルーン、ガーナ、マダガスカル、モーリシャス、チュニジアが200人以上の選手団を送り込んできており、タンザニア隣国のケニアも、150人以上の選手団で、選手村の一角を占めていました。

そんな中、我々タンザニアチームは、陸上5人、ボクシング5人、柔道2人、障害者陸上部門2人の選手にコーチやオフィシャルを入れても総勢23人という極小チームでした。

開会式



開会式は10月4日。今大会のために新設された立派な陸上競技場で開かれました。開会式のパレードも、何百人も連なる大選手団や、ここぞとばかりに着飾った派手な民族衣装や踊りで盛り上がりながらパレードするガーナやスワジランドといった国々に比べると、20人ちょっとで、胸の8th ALL AFRICA GAMES のワッペンをはずしたら、後々まで着られるような地味なスーツに身を固めて淡々と歩くタンザニア選手団は、全体から見たら、目立たない存在だったでしょうが、この実質堅実な雰囲気こそ、タンザニアらしさをかもし出していたかもしれません。

ところで、この開会式、夕方4時開始の予定が、遅れに遅れ、各国選手団の入場行進が始まったのは、夜の9時過ぎ。開会式は、夜の11時になっても一向に終わる様子はなく、はりきっていた選手たちも疲れ果て、その後も延々と続く歌や踊りのイベントを横目にタンザニアチームは選手村へと帰ってきました。

この日、選手たちは、数時間の待ち時間を、陸上競技場に隣接されていた柔道やハンドボール用の室内競技用ドームの中で座って過ごすことができたので、まだよかったのですが、このイベントのために借り出され、きれいな衣装を着た子供たちや、民族衣装に身を固めた大人と馬たち!が、そこらの草の上で何時間も延々と待ち続けている姿はなんとも気の毒でした。彼らは一体何時に出番が来たのでしょうか・・・?

ということで、とにもかくにも開会式が終わり、翌日から各種目の試合が始まったわけですが、タンザニアチームとしては、ボクシング、障害者陸上、陸上、柔道の順に出陣していきました。

ボクシングの初日は、「タンザニアの明日のジョー」こと、18歳の新鋭、バンタム級のエミリアン選手がリングに向かいました。
*続きは、<2.ボクシング篇>(Boxing)で。


1.オールアフリカゲームズって何?(What is the All Africa Games?)
2.ボクシング篇(Boxing)
3.障害者篇(Disable)
4.陸上篇(Athletics)
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☆ 8thAllAfricaGames公式サイト
http://www.8allafricagames.org/