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奴隷殺しのビビホーレ

ザマニ ザ カレ(むかしむかし)、
アラブ人がアフリカ人を奴隷にして大もうけをしていた頃のことだが、ザンジバルのブンギという村に、大金持ちのアラブ女・ビビホーレが住んでおった。

ビビホーレは、広い広い土地を所有し、クローブ、シナモン、カルダモン、などの香辛料をはじめ、マンゴー、オレンジ、さとうきび、とうもろこしなどを作ってアラブに輸出していたんだ。ビビホーレは当時のアラブ人なら当たり前のことだが、一人で何百人もの奴隷を所有していて、すべての作業は奴隷たちにやらせていた。この土地が、今もいい畑でいられるのは、みんな我々先祖が奴隷として鞭打たれ、血と汗を流しながら耕したからなのさ。

ビビホーレは、海岸からほんの3分ほどの場所に、珊瑚作りのそれはそれは立派な屋敷に住んでおり、たまに屋敷から出ると、自分の広大な土地を見回り、奴隷たちがちゃんと働いているかどうか鞭を持って見回った。また、奴隷船も持っていて、海岸から船がアラブに向けて出港するときは必ず見に行った。

その当時の奴隷は、それはそれは悲惨なものだった。アラブ人の言いなりにならなければ、何をされるかわからない。鞭で叩かれても、理由もなく家族を殺されても、誰にも文句は言えない。文句を言ったり、少しでも抵抗したりしたら、もっとひどくぶたれるか、犬をけしかけられるか、殺されるかしかないのだからな。その当時の奴隷とは人間ではなかったんだ。アラブ人から言わせれば、奴隷とはしゃべる家畜。そんなふうだったから、奴隷たちはいつもおびえ、笑顔を忘れたまま生きていた。

ところで、ビビホーレが奴隷を見て回るのは、他のアラブ人のように奴隷を鞭打つためだけではなかった。ビビホーレの目は、たくましい男奴隷の体を追っていた。ビビホーレは、一度黒人男とジキジキ(セックス)をしてみたら、あまりにも快感だったので、その味が忘れられなくなり、アラブ男など目に入らなくなってしまっていた。ビビホーレは、年頃を過ぎても誰とも結婚しないで、もっぱら黒人男とのセックスに溺れていた。

ビビホーレは所有地を回り、ほとんど裸同然の格好で汗を流して働いている黒人男の体を嘗め回すように見て、好みの男がいると、後で屋敷付の奴隷をやって、屋敷に連れて来させた。そして、奴隷船が出港する日は船の中まで行って、自分好みのたくましい黒人男が詰まれていれば、そのまま屋敷に連れて帰った。

屋敷に呼ばれた男奴隷は、自分たちの小屋とは似ても似つかぬ豪華な屋敷の中に入るとよけい不安になり、おどおどした目をしてビビホーレを見つめた。

ビビホーレは美しいドレスを身にまとい、嫣然とした笑顔で男奴隷を迎え入れると、腹いっぱい馳走を食わせ、ベッドに誘った。ビビホーレの目的はただ一つ、黒人男のすばらしくたくましいセックスだけ。

屋敷に連れられて来た日から始まる男奴隷の役割は、ただただビビホーレを満足させること。ビビホーレは、毎日毎日昼夜を問わず、あくことなく男奴隷とのセックスに溺れる。

男奴隷は毎日腹いっぱいの馳走を食ってアラブ女が抱けるのだから、夢心地だ。この生活が死ぬまで続いたらいいのにと願うようになる。そして、その夢は必ずかなった。

ビビホーレは、男が一度でも自分を満足させずに果てると、翌朝優しい声でこう言った。
「お前とすごしたこの何日かは素晴らしい日々だった。どうもありがとう。それからお前のジキジキ(セックス)はとてもよかったから、この金はそのお礼だよ。これを持って家へお帰り」

男奴隷はなぜ急に家に返されるかわからなかったが、ビビホーレからたんまり金を渡されると有頂天になってこう言った。
「ビビホーレ様、あなたは本当にいいお方だ。またいつでもお屋敷に呼んでください」

そして、男奴隷が金を握って玄関に向かうと、ビビホーレは優しい声でこう付け加えるのだった。
「ああ、お前に言うのを忘れていたが、家から出るときは裏口から出ておくれ。そのほうがお前の家に近いからね」

男奴隷はよけい感激して、
「奴隷の私のためにそんなお言葉までかけてくださるなんて、ビビホーレ様、あなたは本当にいい人だ。またいつでも御用があったらお屋敷に呼んでください」
と言って、裏口に歩いて行った。

男奴隷が裏口から出ると、左右から待ち構えていた屋敷付きの奴隷たちが襲い掛かり、男をつかんで引きずり倒した。一人が踏みつけ、一人が男の髪を持って男の頭を起こすと、振りかざしたパンガ(蛮刀)で男の首をばっさり切った。男はまるで首を切られたにわとりのように、もう殺されているのにいつまでもびくびくと手足を動かしていた。

奴隷たちは、首のない男の死体がすっかり動かなくなると、ビビホーレが男にやった金を死体から取って、ビビホーレに渡しに行くのが役目だった。どの男も、死体になってからも金をがっちり握っているので、首切り役の奴隷たちは、死体から金を取り外すのが一番大変だったんだと。

ビビホーレは、奴隷から血まみれの金を受け取ると、一枚一枚丁寧に布で血を拭い取り、次の犠牲者の手に渡すまで、ベッドの横の小さな引き出しにしまった。

そして、ビビホーレは、次の日からまた鞭を持って外に出て行くのだった。もちろん次のすばらしいセックスができる奴隷男を探しに行くためにな。

こうやって、ビビホーレの餌食になった男奴隷の数は、100人とも200人とも言われている。

ビビホーレの家に呼ばれた男は二度と帰れないといううわさが広がったが、それでもビビホーレに呼ばれた男奴隷は屋敷に行かないわけにはいかなかった。行かなければ確実に鞭で叩き殺される。どっちにしても、その頃の奴隷は自分がどうしたいかなんてことは考えちゃいなかった。考えてもどうしようもないことだったからな。

奴隷とは人間じゃなかったんだ。ご主人様に逆らったら殺される。逆らわなくても殺される。奴隷とはそういうものだったのさ。

だから、そんなむごい仕打ちをしたビビホーレも、男漁りを続けながら生きながらえて、ばあさんになって死ぬまで大金持ちのままだったのさ。

ビビホーレの話は、これでおしまい。

(語り手 ムチ)


ザンジバルには、かつて、東アフリカにおける最大の奴隷積み出し港として栄えたという歴史があり、今回は、その時代に、ブンギ村に住んでいたとされるビビホーレというアラブ女性の伝説です。伝説が昔話と違うのは、特定の場所、特定の人物、特定の時代、特定のものというように、特定できる対象についての話であるところです。

また、ザンジバルには、当時奴隷が収容されていた牢屋、奴隷市場跡、奴隷貿易が禁止された後も、ヤミで輸出していた頃に使われた奴隷を隠す地下牢等々、奴隷にまつわる史跡が多く残っており、このお話に登場する、奴隷殺しとして悪名高いビビホーレが住んでいたという珊瑚作りの屋敷も、そういった史跡の一つとして、今もブンギ村に残っています。

屋敷の表門から見える真っ青な空と海と、果物や香辛料の木の緑に囲まれた風景は、そこでかつて、そんな悲惨な出来事が起こっていたとは思えないほど美しく、のどかです。しかし、この話を思い浮かべながら、崩れかけて珊瑚が剥き出しになっている大きな屋敷の裏門に立って、潮風の音を聞いていると、数百年の時を経て、かつてその場所で殺された奴隷たちの悲鳴が聞こえてくるような気がしました。

ザンジバルでは、歴史教育の中で、極力かつての奴隷とアラブ人の支配関係の問題を避けていますが、ごく少数の熱心な教師たちは、ザンジバルの歴史を語るとき、社会見学をかねて、このビビホーレがかつて住んでいたという屋敷跡を訪れ、この話を聞かせているそうです。

もちろん、教師たちは、その歴史を教えることで、黒人vsアラブ人の対立を呼び起こそうというのではありません。かつてあった奴隷制度という人類の歴史における最大の間違いを、歴史的事実として正しく教えることで、次の時代を担う子供たちが、その間違いを再び繰り返さないためという願いからです。

それにしても、ビビホーレは、自分の快楽のためだけに奴隷を殺すという悪業を繰り返したのにもかかわらず、長生きして裕福なまんま天寿を全うしたという終わり方に、理不尽、残酷、不条理といった気持ちが押さえきれず、なんとも不満のやり場に困ります。

「ビビホーレは、こうしてさんざん奴隷たちを殺したので、最後はおちぶれて惨めな死を迎えました。」とでもしてしまえば、少しは溜飲が下がるのですが・・・。

でも、それでは、この伝説を何代も語り続けてきたザンジバルの人たちに顔向けができません。私も、自分が聞いたままのビビホーレ伝説を、日本の皆さんに伝えることにしました。