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男女そろって準優勝!第7回タンザニア野球選手権大会2019(タンザニア甲子園)

12月も半ばに入りましたが、いかがおすごしでしょうか?
今日は、野球話題です。12月5日~8日に、ダルエスサラームで第7回タンザニア野球選手権大会(別名 タンザニア甲子園 TaBSAタンザニア野球連盟主催)が開かれており、ザンジバルからも出場したので、様子をお伝えします。
今年は、タンザニア各地から集まった 男子野球12チーム、女子ソフトボールは6チームで、4日間にわたって、熱戦が繰り広げられました。
野球は、昨年完成した、タンザニアコウシエンのグラウンドで

 

ソフトボールは、第二会場のサッカーグラウンドで

<ザンジバルは、野球男子、ソフトボール女子とも、準優勝でした!>
ザンジバルは、男子2チーム、女子ソフト1チーム、合計3チームで参加しました。

初日は、ザンジバルが3チームとも快勝して、野球もソフトも士気があがり、勢い込んでいましたが、2日目の2回戦でチームBが敗退。しかし、その後もAチームが勝ちを重ね、女子ソフトボールも土つかずで勝ち上がり、男女とも、決勝戦進出を果たしました。
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準決勝で勝利した3日目の夕方、男子の中には、「準決勝で勝利した汗をそのままもって明日の決勝に挑みたいから、今日はシャワーを浴びない!」などと言っている選手もいて、ソフトボール女子からブーイングをかっていましたが(笑)、彼は彼なりに、決勝まで自分のモチベーションと勝利の勢いを保ちたかったのでしょう。
とまあ、それぞれがいろいろな験も担ぎながら迎えた最終日12月8日、決勝の対戦相手は、
野球 ダルエスのアザニアチーム(去年の優勝チーム)女子ソフトは、ダルエスサラームのジュフディ(去年の優勝チーム)男女とも、ザンジバリアンらしく、のびのびとプレーして、よい結果を出してほしかったですが、残念ながら、男女とも力及ばず、決勝戦は、揃って完敗。
特に野球の方は、初日から連投していたピッチャー、アヨブの疲れが出てコントロール不能に陥り、2回で交代を余儀なくされ、次に出たピッチャーが滅多打ちを食らい、打線でも火を噴くことができないまま、試合時間の1時間半が過ぎ、ゲームオーバーになってしまいました。
今年のザンジバルチームは、打線はそれなりだったので、来年に向けて、投手陣の充実が大きな課題となりました。

アザニア(ダルエスサラーム白ユニフォーム) 優勝!
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優勝したアザニア(ダルエス)とザンジバルは、毎年のように対戦しており、勝ったり負けたりで、宿敵、ライバルというのがぴったりの関係です。
そのアザニアチームが二年連続優勝で歓喜しながらグラウンドを全力疾走で駆け回る姿とは対照的に、ザンジバルチームは、グランドでコーチのカリームを中心に手をつないでエンジンを組んで祈りをささげた後、静かに走りながら粛々とベンチに帰る姿はなんともいえないものがありました。

とはいうものの、気分転換がうまく、いつまでもくよくよしないザンジバルチーム、グラウンドからランチの場所に行った後は、得意のザンジバル式ンゴマ(踊り)で、他のチームも一緒に盛り上がっていたようです。(グラウンドで、閉会式を待っているところまで、歌声が聞こえてきましたから)
ということで、ザンジバルを中心にお伝えしましたが、野球は12チーム参加で
1位 ダルエスサラーム アザニアの2年連続優勝。[[pict:trophy]]見事でした。
2位 ザンジバルA
3位 ドドマライオン(2年前の覇者)
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女子ソフトボールは6チーム参加で、
1位 ジュフディ(ダルエスサラーム)、2回連続優勝でした。[[pict:trophy]]
2位 ザンジバル こちらも2回目の準優勝。
3位 ダルエスサラームのチーム

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<男子は、自主合宿>
ザンジバル野球の正式参加は第3回大会からで、去年までの過去4回出場のうち、4回ともベスト4入りして、そのうち3回が3位でしたので、今年こそは決勝進出だと例年以上にがんばっていました。
日本人コーチ不在となって2回目の大会でしたが、昨年同様、初期の選手たちがコーチ役となって指導しながら、ウングジャ島の町とシャンバ(郊外、田舎)、ペンバ島の選手たちをまとめ、選手を選び、陣営を決めました。大会前の約10日は、家の遠い選手たちはコーチのカリームの家に雑魚寝して、共同で炊飯するという自主合宿をおこなっていました。
 女子も途中から、町の親戚の家に分宿する形で自主合宿に参加していました。
 そういう中で、さらに一体感と、野球、ソフトとも、大会で勝つことへの強い気持ちが、チーム全体のものになっていったように思います。

雨季の最中は、グラウンドに大きな水溜りができてしまうのがたまにきずですが、いつもの練習場でのびのびと野球をしながら、大会にむけて自主練習を続けていました。

合宿中に
 今まで、上原さん、島田さんという、青年海外協力隊2代に渡るナショナルコーチや、サブコーチの沢谷さん、平野さん、そして、国際審判員の小山さん、座間さんといった方々が、訓えてくださったことを伝え、自分たちでチームつくりをしています。これからも、今までザンジバルの選手たちを教えてくださった日本の方々の教えと思いを、しっかり伝えながらチームを率いてくれることに期待して見守っています。

また、日本の皆さんに教えていただいたのは、野球の技術だけではなく、野球を楽しむこと、道具を大切にすること、野球人としてのマナーなど多岐にわたっていますが、そういった根本のところも、初期メンバーが新しいチームやメンバーに伝えていっているので、私たちが、いつ練習をみにいっても、野球道具が地面にきちんとならべてあります。
このことは、タンザニア大会の中でも発揮され、ザンジバルチームは野球道具を大切に扱っていますねといった言葉を何度かいただきました。
これからザンジバルでチームが増えていっても守っていけるよう、コーチから選手たちへ、先輩から後輩へ、伝え続けてほしいです。

男女そろって、仲良く、チームの結束が強かった今年のザンジバルチーム

今年のユニフォームは、ザンジバルの海と空のイメージのブルーで統一、ソフト女子!
<リハビリ中のオスマン会長の存在>
 今年のラマダン中に倒れて、半身麻痺になってしまったオスマン会長も、発病から約半年、懸命にとりくんでいるリハビリの成果がでて、歩くのは、ほぼ問題ないほどに回復し、(まだ右手と口の麻痺がのこっていますが)調子のいい日は、練習にでてきて彼らを見守っており、そういった姿も、選手たちの意識を高めていたと思います。選手たちがオスマン会長を囲み、なにを話すわけでもなくみんなでニコニコしている姿を何度かみました。
 オスマン会長と、島岡名誉会長は、「12月には、タンザニア大会に一緒にチームを率いていこう」と約束していましたが、やはり、ザンジバル野球連盟の代表として行くところまでは回復できていないということで断念し、(連盟の代表として行けば、各所で統率を取り、発言を求められる場面も多々ありますので)同行していなかったのですが、ザンジバルの決勝進出という報を聞いて、最終日に船で駆けつけて、選手たちの一挙手一投足を見守っていました。
 表彰式で準優勝カップを受け取ったキャプテンが、男子も女子もすぐにオスマンの元に走って来て、準優勝カップを渡していたのが印象的でした。オスマン会長のさらなる回復を祈ります。

男女そろって準優勝のザンジバルチーム、大会終了後、オスマン会長(黄色い服)も一緒にパチリ。
(☆この集合写真は、アフリカ野球友の会からいらしていた、プロカメラマンの飯田照明さんに撮っていただきました。)
 
<今年も、長く、暑かったオープニングセレモニー>
初日は大雨に見舞われたものの、翌日12月6日のオープニングセレモニーの日は晴れ上がり、かんかん照りになりました。
今年は、主賓がタンザニアスポーツ大臣、その両脇には、来賓として、在タンザニア日本大使後藤真一氏と、在アメリカ大使館領事(女性)が座るという初めてのシチュエーションの中で進行されました。
今大会のメインスポンサーの大阪北ロータリークラブの方々や、日本とアメリカで活躍された藪氏、また、友成晋也さん率いるアフリカ野球友の会のメンバーの方々も、はるばる日本からこの大会のために来ておられました。(*友成さんご自身は、南スーダンから)
野球連盟役員や来賓の方々は、テントの中で座っていられましたが、選手たちは炎天下でまず小一時間ほど主賓の大臣の到着を待ち続け、その後に、長々と続くセレモニー(約2時間)だったので、日本だったら熱中症でぶっ倒れる選手たちが続出したのでは?と思われるような過酷な開会式となりました。
昨年も感じましたが、もう少し選手中心に考えた、短いセレモニーにしてほしいものです。

在タンザニア日本大使 後藤真一氏によるスピーチ

黒人で始めて、メジャーリーグで活躍したジャッキーロビンソンのお孫さん(現在タンザニア在住)から、42番のユニフォームをスポーツ大臣に贈呈

ザンジバル野球&ソフト連盟名誉会長 島岡強

タンザニアスポーツ大臣(ピッチャー)・日本大使後藤氏(バッター)・アメリカ大使館領事(キャッチャー)による、始球式

<閉会式は、ザンジバルからの主賓で>
最終日、12月8日、決勝の後におこなわれた閉会式の主賓は、ザンジバル教育省のスポーツ局長ハッサン氏が来てくださったのですが、今年は、ザンジバルの野球、ソフトともに決勝に残っていたので、ハッサン氏も喜んでくださいました。
そもそもザンジバル野球の始まりは、このハッサン氏が、ザンジバルナショナルスポーツカウンシル書記長時代に、ザンジバルで新しいスポーツを始めたいので、日本とかかわりの深い野球を普及してくれませんか?と、ザンジバルで柔道を長年教えてきた島岡に依頼されたことがきっかけでした。そしてその当時、協力隊だった上原拓さんから、ザンジバルで野球をしたいのですがどうしたらできますか?と相談を受け、それならいっしょに野球を始めようということになったという流れがありました。
<海でへだてられているけれど、空でつながってる>
 ハッサン氏は、文字通り、ザンジバル野球の最初の一歩のときから共にしてきていますので、スピーチにも心がこもっていて、

「このタンザニア野球大会は7回目で今年は12チームが参加しているということですが、最初の大会はこんなに多くの野球選手たちはいなかったはずです。それが7回という継続の中で各地に広がり、大会も大きな規模になってきたのだとおもいますが、最初のころから尽力してくださっている人たちのことを忘れずにタンザニア野球を発展させていってください。
また、この大会には、ザンジバルも途中から参加するようになり、正式にタンザニア連合共和国全体の大会となってきました。 タンザニア本土とザンジバルは、海で隔てられてはいますが、1つの空でつながっています。これからも、野球を通して、タンザニア本土、ザンジバルを1つにつなぎながら歩んでいきましょう
と全参加者によびかけ、拍手がおこりました。
<優勝杯とメダル>
その後の表彰式では、優勝、準優勝のカップと共に、今年もメダル授与がありました。このメダルは、小山さん、座間さんが代表を務めるザンジバルタンザニア野球サポーターズクラブさんからの提供で、ザンジバル野球連盟を通す形で、大会運営側のタンザニア野球連盟に渡し、表彰式で選手に贈呈され、選手たちはとても喜んでいました。

こうして大会はすべて終了したわけですが、大会の成功の裏には、野球専門のJICAボランティア岩崎さんをはじめ、タンザニア各地の協力隊員の皆さんが手分けして運営や審判を手伝ってくださったからこそできたというところを、参加者全員、忘れないでほしいと思います。

審判団にの紹介 左側に並んでいるのが、海外青年協力隊の皆さん。
3年連続で大会運営をしきってくださった野球隊員の岩崎さん、ムワンザ体育隊員の坂田ゆかさん、大変お疲れ様でした&ありがとうございました。
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ということで、ザンジバル男子野球チームも、女子ソフトボールチームも、銀メダルと準優勝カップを手にザンジバルに帰ってきました。

ザンジバル的には、タンザニア本土のスポーツ大会に行って、入賞して帰ってくるというのはあまりなく、大きなできごとなので、選手たちはスポーツ局長からねぎらいの言葉をかけられていました。
これで、今年の野球の大きな大会は終了でしました。
今年も1年、熱き応援、誠にありがとうございました。
これからも、時々、野球、ソフトボールの話題もお伝えしていきますので、長い目で、ザンジバル、タンザニア野球&ソフトボールの普及と向上を見守ってください。 
[[pict:baseball]]来年もどうぞよろしくお願いします。[[pict:baseball]]
        島岡由美子
 
[[pict:trophy]]☆野球大会は終わりましたが、柔道大会が迫っています。
 柔道のしめくくりは、毎年恒例のザンジバル武道館杯で、12月21日に開催します。
8月に東京で開催された世界柔道選手権大会に出場後、順天堂大学で修行を積んでいた選手たちも、11月後半に無事ザンジバルに帰り、当面の目標を、ザンジバル武道館杯において汗を流しています。もちろん、タンザニア本土やペンバ島からの参戦もあるので、活気ある大会になりそうです。
 参加する選手たち全員が、正々堂々と戦ってタンザニア一を目指せるよう応援していてくださいね。

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