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今年も、男女そろって準優勝! 第8回タンザニア野球選手権大会 (タンザニア甲子園2020)

今日は、久々に、野球話題です。
12月19日~21日に、ダルエスサラームで第8回タンザニア野球選手権大会(別名 タンザニア甲子園 TaBSAタンザニア野球連盟主催)が開催され、ザンジバルからも出場したので、様子をお伝えします。
今年の参加は、野球8チーム、ソフト5チームで、試合の前日12月19日にダルエスサラームに選手団が集合。といっても、今年は、遠方からの参加は、ザンジバルと、キリマンジャロ(サンヤジュー)のみで、それぞれ夕方から夜に到着。(ほかはダルエスサラーム近郊のチーム アザニアA・アザニアB・キバンバ・ジュフディウィブウェゲレ・キバハ)
今年も、炎天下のグラウンドで、猛烈に暑い&熱い大会となりました。

 いままでは、試合経験を多くするのを目的に、時間を短く区切って2回、3回で終わるかわりに試合数をこなすやりかたでしたが、今年は、初めて7回までの試合を行いました。その中で、逆転劇や後半になっての追い上げシーンもあり、選手たちも、試合をしながら、最後まで逆転できるんだという気持ちをもって、途中で投げ出すことなく、忍耐強く試合に臨め、各チーム、本来の野球の試合というものを経験できたと思います。
 
オープニングセレモニー(開会式)
例年通り、タンザニア野球連盟のムチンビ書記長の司会によって進行。
ダルエスサラーム地区のスポーツ担当者、ザンジバルのスポーツ局長ハッサン氏、アメリカ大使館のウォールス書記官、ジャッキー・ロビンソンの息子のデビット・ロビンソン氏、ザンジバル野球連盟名誉会長として私島岡の5人がスピーチをしました、今年は、協力団体からの支援物資披露も特になく、例年のような長い開会式にはならず、時間的にはよかったです。

ジャッキーロビンソンの息子さん、デビッド・ロビンソンさんは、人種差別があった時代には、黒人は野球ができなかったが、父親であるジャッキーロビンソンが、差別の壁を破って黒人で初めてメジャーリーグで活躍したこと。野球をとおして、差別を超えた存在になりえたこと、そして、人は誰もが人として誇りをもっていきることの大切さをタンザニア野球の若い選手たちに、熱く語ってくださいました。
大会結果 
野球は、2年連続、準優勝

野球の決勝は、昨年と同じく、宿敵アザニアとの対決となり、時間制限なく7回まで戦うなかで、3回までに5点取られましたが、4回で4点取り返し、その後もとったりとられたりで、善戦したものの、力及ばず、12対8でゲームセット。

アザニアが、3年連続優勝を飾り、ザンジバルは今年も準優勝でした。
ちなみに、2回戦では、キバンバ相手に20点もとってコールド勝ちをおさめ、調子に乗るとやたら強くなるザンジバルらしさを見せました。

ソフトボールは、3年連続、準優勝
ソフトは5チームでのリーグ戦で、1試合は5回まで。3回までに10点差がついたらコールドということで始まりました。

ザンジバルは、宿敵ジュフディだけに負けてしまいましたが、ほかの3試合は圧勝でした。
ジュフディが3年連続優勝を飾り、ザンジバルも3回連続準優勝でした。

今年も自主合宿で、野球、ソフトボール共に、準優勝
ザンジバルチームは、去年と同じくカリームを野球コーチ、プリンスをソフトのコーチとして(初代ザンジバルナショナルコーチ上原拓さんが教えてくれた野球第一世代)よくまとまっており、事前に自主合宿と称して、グラウンドの近くに住む選手の家にみんなで泊り込んで、早朝と夕方に練習をするなどしてがんばっていました。(男子は雑魚寝、女子は通い)
オスマン会長の復活と励まし
それから、1年半ほど前に病に倒れたザンジバル野球連盟オスマン会長も、リハビリの成果が出て、だいぶ復活しており、練習にも大会にも同行し、まだ少し回らない口で、一生懸命選手たちを励ましていました。オスマン会長のこうした姿も、選手たちにとって大きな力になっていたと思います。

野球も、ソフトも、昨年と同じく、決勝戦で力及ばずではありましたが、宿敵がいるのは、ありがたいことですので、男子も女子も、何が足りなかったを考え、来年こそは雪辱を果たすという気持ちで、またまたこつこつ地道にがんばってほしいです。
☆今年のザンジバルチームのユニフォームは、ザンジバルの美しい海のイメージでブルーのTシャツ、上原さんが石垣島で集めてくださった白ズボンと、坪倉さん(横浜市中央卸売市場理事)からの白い帽子で統一しました。

閉会式は、暗闇の中で
決勝戦が終わったころにはすでに夕暮れになり、閉会式は始まってすぐに暗くなってしまいましたが、日本人不在(正確に言えば私たち以外)の中、とにかく大きなけが人もトラブルもなく無事にタンザニア野球大会が終了しました。
頼もしかったタンザニア人審判団
今年は、コロナ禍で協力隊が全員撤退し、日本からの助っ人も誰も来られない状況で、まさにタンザニア人だけで回す初の大会となり、もちろん、運営面でいろいろなハプニングはありましたが、 ムワンザのヘレンさんがテクニカル面のチーフとなり、審判団はアブちゃんことアブー君が審判長として、みんな力を合わせてがんばっていました。
試合中に、審判のミスでクレームがつくといった場面はほとんどなくスムーズでしたし、逆にルールをわかっていない選手に、丁寧に説明する場面も何度か見ました。

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     今年の審判団
その姿を見ていて、いままで各チームを指導し、過去の大会運営にかかわってきてくださった、海外青年協力隊(ジュニア、シニア)を含めた大勢の日本の方々、審判長としてしきってくださってきた、国際審判の小山さん、座間さんの指導の賜物と感じ、日本の皆さんへの感謝とともに、タンザニア人審判団もやるなと頼もしく感じた次第です。
ところどころで、国際審判小山さん、座間さん仕込みの「決めのポーズ」が飛びだしたのも、ほほえましかったです。これ(決めのポーズ)がやりたくて審判志願した子もいたかも(笑)
コロナ禍と大統領選挙の政情不安を超えて
今年は、タンザニアもコロナ禍となり、後半はコロナは落ち着いたものの、大統領選挙で政情不安な時期もあって、野球大会は、このタンザニア大会が、最初で最後の試合となりました。
そのような中、今年もタンザニア野球大会を開催してくれたタンザニア野球連盟にも、サポートしてくださったみなさまにも、心から感謝します。
私たちも、大会支援として、ザンジバル野球連盟をとおして、小山氏、座間氏を中心とする「ザンジバルタンザニア野球サポーターズクラブ」さんからメダル、参加賞には、CBCテレビ論説室、北辻氏(野球の本「愛しのドラゴンズ1~2」も出しておられます)からのグッズを、タンザニア野球連盟に提供しました。

今年も金銀銅のメダルが1位から3位までゆきわたり、とてもうれしそうでしたし、全員への参加賞の提供も含めて、例年以上にタンザニア野球連盟のムチンビ書記長から感謝されました。

ところで、タンザニア野球連盟のムチンビ書記長は、若いころは柔道をしていたので、今でも島岡名誉会長のことを「センセイ」と呼んでいます。
ちなみに、ザンジバル野球連盟のオスマン会長も、実は島岡の柔道の弟子の一人でもあります。
それから長い年月を経て、今はこうして、ザンジバル野球、タンザニア野球連盟の代表として、みんなで一緒にこの国の野球をもりあげていこうとしているのですから、不思議な縁だなと思っています。

そんなこんなで、メダル授与が夜になってしまって、今年は写真が撮れなかったのですが、
このチーム写真に、銀メダルをかけている姿を想像してやってください!
ザンジバル野球チーム2020

ザンジバルソフトボールチーム2020

スポーツ局長からのねぎらい
野球大会が終わって、ザンジバルチームは、また船で帰ったわけですが、港では、教育省スポーツ局長のハッサン氏が迎えてくれ、
「2年連続して男女とも準優勝は快挙」
と選手たちをねぎらい、ランチを御馳走してくれたそうです。

(*もともと、ザンジバル野球は、このハッサン氏から、ザンジバル柔道を長年けん引していた島岡に、「ザンジバルに新しいスポーツを導入し、子どもたちにいろいろなスポーツをする機会を与えたいのですが、日本で盛んな野球はどうでしょうか」と相談されたことから始まりました)
私たちはチームと別に帰ってきたので、その場にはいませんでしたが、選手たちから、男子も女子も、メダルをかけた姿で、嬉しそうにスワヒリランチ(ムチュジ ナ ワリ)を食べている写真がおくられてきて、ほっこりしました。ハッサン局長、ありがとうございます。みんな、よかったね!
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ということで、野球は一区切りつきましたが、柔道の締めくくり、「第18回ザンジバル武道館杯」が今週末に控えています。

柔道大会の方も、大きなけがなく、柔道家達が力を発揮できるよう祈っていただけるとうれしいです。
                   島岡由美子

「今年も、男女そろって準優勝! 第8回タンザニア野球選手権大会 (タンザニア甲子園2020)」への2件のフィードバック

  1. 野球大会レポート拝読。
    ザンジバルチームの気骨ある頑張りが素晴らしい。
    そしてその陰に、革命児初め日本の方の力添えがあり、技術とともに精神も根付いている様子が伺い知れました。
    もし他所の国が協力していたら、このようにまとまりのあるチームになったのかな、審判も日本精神が移った形で誇らしくカッコよく役目を果たせたのかな、と考えてしまいました。
    ザンジバル・タンザニアがスポーツを通じて益々誇らしいいい国になりますように祈ってます。

  2. 敦子CARREAUさん、あたたかいメッセージありがとうございます。
    たしかにザンジバル、タンザニア野球は、はじめの一歩から多くの日本人がいろいろな形で関わってきているので、日本の野球精神も一緒に伝わっていると思います。 今年は特に初めて日本人審判が不在な中、自分たちで運営したのですが、きびきびして、すがすがしい審判ぶりだったのを見て、日本の方々が精神面もいっしょに指導してくださった成果だなってすごく感じた大会でした。
     

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