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南アフリカ2016で見たこと、感じたこと&国花プロテア

ジャンボ!(こんにちは!)
今日は、タンザニアから飛び出して、南アフリカの話題です。
『レインボーネーション、南アフリカ2016』
6月に、南アフリカ(今回は、アパルトヘイト(人種隔離政策)からの解放後、「レインボーネーション」を掲げて大統領になったネルソン・マンデラの足跡をたどりつつ、日本&南アの友人たちとの旧交を温めるのを目的に、ジョハネスバーグとプレトリアと、Vanderbijlpark)に行ってきました。

     若かりし、マンデラ氏の写真
  (弁護士として、アパルトヘイト反対の活動家として活躍していた頃)
朝夕5度ぐらいで、日中でも寒い日は10度を切っていて、家やレストランにはストーブや暖炉に火がくべられているという、日本だと晩秋から初冬の気候と風景でしたが、空は真っ青に澄み渡り、雲ひとつない晴天が続き、湿気が少ないので、汗ばむということがまるでない、快適な気候でした。
『富士フィルム主催 フォト展覧会に出展』
ところで、2016年6月17日~19日に、南アフリカで初の「FUJIFILM主催 フォト展覧会」が、行われ、単に写真に関するイベントではなく、日本文化紹介も含めて、いろいろな催し物が行われました。
また、この展覧会の中で、ティンガティンガ・アートと、アフリカの本(アフリカの民話集、絵本「しんぞうとひげ」、ノンフィクション「我が志アフリカにあり」「続・我が志アフリカにあり」出展の機会に恵まれたので、私も、イベント初日に、会場に行って来ました。
会場になったOpenWindow Campusという美術学校は、プレトリアとヨハネスブルグの中間点辺りにあるミッドタウンという地区にありました。

中では、フォト展覧会や、結婚式で上手に写真を撮るためのセミナー、いろいろな背景の前で、ファンタジックな思い出写真が撮れるコーナーなど、富士フィルム主催だけあって、フォト関連の興味深いブースが目白押し。

日本文化紹介企画としては、料理や武道、生け花のほかに、コスプレ大会までありましたが、いまや、世界中に、日本のアニメや漫画をみて育った世代が多数いて、コスプレ大会も、私ではすでにわからないキャラクターの服装とメイクで決めて参加している人たちがたくさんいました。
日本のアニメやマンガは、すでに、新しい日本文化になっているのですね。
メインの建物に入っていくと、ティンガティンガ・アート3作品と、拙著が並ぶコーナーに遭遇。
後で日本大使館川口公使にお聞きしたところ、南アフリカの人たちも「これは、どこの絵?何の本?」と、立ち止まって見ていく人たちが多く、意外と好評だったそうです。

日本大使館公使川口周一郎さん・玉江さんご夫妻、日本文化担当の藤生さん、老川武志さん、明日香さん、永真ちゃんファミリーと、記念写真、パチリ!

ちなみに、絵本には、ちょっとした紹介文をつけたのですが、英語と日本語のほかに、ズールー語のチラシも作って持参しました。
ズールー語のチラシ訳について、ご協力いただいた老川さんと、Siphiweさんに感謝です!
ちなみに、日本語で「しんぞうとひげ(心臓と髭)」は、英語だと『Heart and Beard』
ズールー語だと、‘’UNhliziyo noNtshebe’’ になるそうです!(どうやって発音するのかな???)

『2003年よりは治安がよくなっている??』
2003年に、南アフリカへ、柔道チームに同行して遠征した当時のジョハネスバーグの治安の悪さから比べると、少し街中も落ち着いた感じがしましたが、まだまだ危険な都市であることはかわらないようです。

       ↑
  ジョハネスバーグ市内 
すでに防寒着を来た人が多く、日本の晩秋といった感じの気候でした。
       ↓

アパルトヘイトミュージアム、

ソエト地区にあるマンデラハウス

SOWETOで、南アフリカ料理を出すレストランの名物オーナー、とっても明るいおじさんで、料理もおいしかったです。タンザニア料理と似ていました。
プレトリアには、大統領官邸や、大きなマンデラ銅像、それから、白人の移民の歴史をたどる博物館があり、アパルトヘイト博物館とは対極的な内容でした。

          ↑      
       ☆川口周一郎・玉江ご夫妻と☆
          ↓

反アパルトヘイトの活動家たちが潜んでいた隠れ家や、ガンジーも拘留されたことのある牢獄、裁判所などにも行ってきました。

     ☆老川ファミリーと☆

ソエト蜂起(1976年6月16日)のきっかけになったモーリスくんが通っていた高校も見てきました。

黒人も、白人と同じように、普通に学校に通い、学ぶ権利を勝ち取ったことを忘れないために、ユースデーが設けられているのだそうです。
高校を出て道路を渡った反対側は、記念公園になっていて、モーリス君の銅像がたっていました。

アパルトヘイトの真っ只中、弱冠17歳で亡くなった彼は、高校までが無償になった現在の南アフリカの学生たちの姿をみて、何を思うでしょうか。

『人一人の力は、小さくない!』
今回、あらためて知ったことは、マンデラ氏だけが四半世紀以上も牢屋に閉じ込められていたのではなく、ほかの同志たちも大勢二十年以上にわたって牢獄に入れられていたということです。
マンデラ氏が象徴となって、大統領になった陰に、そういう人たちの支えが無数にあったことをひしひと感じました。
今回の南アフリカの滞在は、マンデラ氏だけではなく、大勢の力でアパルトヘイト(人種隔離政策)がなくなったこと、人一人の力はけして小さくはないということをあらためて感じる日々でした。
また、南アでは、黒人白人に問わず、貧富の差の広がり、教育層の失業率も上がってきてしまっている現実、白人青年たちの国外への流出といった現実問題を知る機会ともなり、考えることが多かったです。
『南アフリカの柔道家、トーマス氏』
2003年から交流のある、南アフリカ柔道連盟元会長トーマス・ダンカン氏の道場(in Vanderbijlpark)にも行って来ました。
トーマスさんは、9歳から柔道を始めて、60歳を越えた今でも自宅に道場を持ち、柔道を通じて、子供たちの育成に努めています。南アフリカにも、生涯を通した柔道家がいました。

『南アフリカの国花、プロテア』
南アフリカでも、いろいろな花を見ることができました。
中でも、南アフリカの国花、プロテアは、威風堂々とした大きな花でした。
プロテアの名は、ギリシャ神話に登場する、自分の意志でその姿を自由に変えられる神プロテウスに由来するのは、あまりにも立派で荘厳な花が咲くからだそうです。
ちなみに、花瓶に飾られたプロテアの写真を撮っていたら、南アフリカの女性が、
「ケープタウンに行けば、もっともっと大きいプロテアが咲いているわよ」
と、ジェスチャーつきで教えてくれました。
今回は、飾られた切り花で楽しみましたが、いつか、自然に生えているプロテアを見てみたいものです。

このプロテアは、色も形も大きさもさまざまで、プロテア種だけでも100種類以上あると聞いて、レインボーネーション(いろいろな人種の人々が融合していける国)を目指す南アフリカにぴったりの花だなと感じました。
ということで、今日は、久しぶりに行った南アフリカの様子をお伝えしました。
アフリカ大陸は広く、たくさんの国があり、歴史もさまざまです!
              バラカタンザニア   島岡由美子
2003年の南アフリカの様子は、→こちらから

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